転轍器

古き良き時代の鉄道情景

D6021のこと

 D6021〔大〕が上り列車を牽いて力強く日田を後にする。貨物側線は木材積載のトラが見える。 久大本線日田 S44(1969)/4/1

 由布院日田彦山線経由博多行急行“ひこさん”の先頭車はキハ55だろうか?フロントガラスから天ヶ瀬駅の情景が捉えられていた。待っていた列車はD6021〔大〕率いる鳥栖発大分行639レで6輛の客車が連なっていた。きれいな弧を描くホームに多数の乗客の姿が見える。本屋へ続く横断通路の角に信号梃子扱い所が置かれ、上り出発信号機へ向かうワイヤが線路沿いに伝っているのがわかる。側線脇に建つ不釣り合いな橋脚は、温泉街の細道を避けて駅の上を大胆に跨ぐ国道バイパス工事が始まっていたこともこの写真からうかがえる。 久大本線天ヶ瀬 S44(1969)/4/1

 由布院からの上り1番列車が到着すると、牽引機D6021〔大〕は側線に置かれた増結客車を迎えにすぐさま引上げる。 628レ 久大本線豊後森 S44(1969)/4/7

 玖珠盆地の朝はとても冷たく3輛の客車を連れて後退する機関車の煙と蒸気が朝日に反射して幻想的に映る。機関士は誘導掛を一心不乱に見て連結に集中しているように見える。側道の構内掛は転線を終えて戻るところだろうか。構内に並ぶ貨車の列の向こうに白い大きな扇形庫が朝霧に霞んで見える。豊後森の朝を捉えた鉄道情景に酔いしれる。 628レ 久大本線豊後森 S44(1969)4/7

 この表は大分運転所に在籍したD60の動向を趣味誌や鉄道書籍を参考にまとめたものである。D6021は配属された直方から大分に来たのが昭和31年3月、以後34年11月から36年10月まで豊後森に移動し、その後は昭和44年7月の廃車まで大分から離れることなく久大本線で活躍した。複数の参考書はD6021へ改造されたD50の機番はD50133と記載されていた。

 神奈川県の小川秀三さんが撮影した写真を拝見して驚きの事実を知ることになった。D6021のキャブに付けられた改造機の機番は「ボイラD50226」となっていた。製造は大正15年川崎造船、改造銘板は浜松工場が付いている。

 D6021の種車、D50の機番は鉄道書籍の誤植か校正まちがいかもしれない。D6021実車が自分のルーツはD50226と教えてくれた。

 D6021〔大〕の右サイドは斜光が当たってとても美しい。縦幅のある門デフとパイプ煙突、デフステイに取付けられたリンゲルマン濃度計が特ちょうであった。テンダに目をやると後方の欠き取りの部分がやけに角張って見える。 久大本線日田 S44(1969)/4/1

 高い位置から見るとテンダの形状がよくわかる。後方に炭庫の枠を延長したように見える。 628レ 久大本線筑後大石~夜明 S43(1968)/8/1

 テンダ背面に驚きの炭庫延長枠が溶接されていた。20立方米形テンダの特ちょうである長い後部切り欠き部分まで炭庫枠が延長されて縁どりのきれいな曲線が潰されている。小川さんの推測は東海道本線を走る特急用C53は自身の12-17形テンダをD50の水容量の大きい20立方米形と振替えて使われた名残りではないか、ということだった。「ある機関士の回想」(川端新二著/イカロス出版/平成18年刊)に『C53は客車14~15輛を牽いて17t水槽では不安だった。特に冬季、暖房を送るようになると完全に不足した。このため特急に使用したC53にはD50の水容量20tの炭水車が付けられたー』との記述があり、名古屋機関区でこのテンダを付けたC53が給水中の写真が掲載されていた。

 WEBで見つけたNゲージのC53特急テンダ仕様はこのような大胆な増炭枠が設置されたテンダであった。D6021のテンダはこのスタイルを炭庫の高さで後方まで伸ばしたタイプのように思われる。C53とD50のテンダ振替えなど思いもよらなかったが、改めてC51・C54・D50・D60で用途に応じた炭水車の相互振替えが行われていたことを知る。

 D6021〔大〕が牽く大分発豊後森行640レが4輛編成で豊後中村に入って来た。由布院で6分停車の間に客車3輛を落として身軽になっていた。野矢からの、そして豊後中村から恵良までの通票受け渡しシーンが捉えられている。D6021の煙室下側から給水温め器を覆うシンダ除けのような板が付いているのに気づく。 久大本線豊後中村 S44(1969)/7/25 写真9点 提供:小川秀三さん

 小川秀三さんの写真から思わぬD6021のロマンを味わうことができた。D60各ナンバーの動向を追いかけてきたが、まだまだ知らないこと、各機それぞれの歴史があること、実車写真が教えてくれることを改めて思い知らされた。私は唯一度だけD6021と会うことができて幸運であった。何も知らずにただ撮っただけのその時から半世紀を経て知る新たな物語はこれぞ趣味の醍醐味であろう。 1635レ 久大本線南大分~大分 S44(1969)/5