
昭和59(1984)年2月改正は九州内を走るブルートレインのヘッドマークが15年ぶりに復活した。お椀形のマークは翌年の60(1985)年3月、山形に変更されたのでこの時が見納めとなった。 ED7626〔大〕 S60(1985)/3/11

大分で7号車から13号車までの付属編成7輛をつなぐ。基本編成と連結する側のオハネフ25だけは200番台で車掌室の向きは下り向きとなる。 7号車 オハネフ25208〔南シナ〕

オシ24は14系のオシ14と同じ外観で100番台はオシ14からの編入のようだ。25形銀帯編成のなかで唯1輛白帯をまとっている。 8号車 オシ24103〔南シナ〕

オハネフ25 100番台は編成の向きが電源車と反対向きに組まれる。向きが統一されるので編成の通路と窓の高さが揃う。 11号車オハネフ25129〔南シナ〕

オハネ25はオハネ24の3段寝台を2段形とし、銀帯を巻かれて新形式となった。100番台は上段寝台固定式で登場、新しいブルートレインの標準形となって増備が続いてナンバーは200番を突破した。 12号車オハネ25225〔南シナ〕

海側から見た編成は通路側で窓が大きい。宮崎からの基本編成と手をつなぐオハネフ25 200番台だけは海側が寝台寄りとなる。 13号車オハネフ25127〔南シナ〕 大分 S60(1985)/3/11

海側から見た編成は窓高さが揃っているのがわかる。電源車となり1号車はオロネ25でオハネより窓の位置が少し高い。7号車オハネフ25 200番台が逆向きに組まれている。電源車カニ24はテールマーク両端に斜めカットの銀帯が付けられている。 日豊本線西大分~大分 S60(1985/3/11

ホームから見るとおでこにガーランドベンチレーターが載っているのがわかる。 日豊本線東別府 S60(1985)/2/25

1号車オロネ25の通路側を見る。オロネ25は個室A寝台車でまくら木方向に寝台個室が14室並び、寝台側(海側)は各個室用の小窓が14個並ぶ。 日豊本線佐志生~下ノ江 S59(1984)/4/13

7レ“富士”宮崎行 ED7624〔大〕 大分 S59(1984)/11

大分で付属編成を切り離し、身軽な編成となって一路宮崎をめざす。6号車オハネフ25は完全切妻タイプなので100番台と思われる。

“富士”の編成は昭和50(1975)年3月、20系から24系24形(3段寝台)に置換えられ、15輛から14輛編成へと変遷する。25形2段寝台化へと発展したのは昭和51(1976)年10月改正であった。 日豊本線亀川~別府 S55(1980)9/14

ヘッドマークがない時代、ED7666〔大〕が24系25形14輛編成を牽いて通り過ぎる。 日豊本線西大分~大分 S56(1981)/2/15

完全切妻のオハネフ25がバックサイン“富士”を掲出する。

前寄り7輛は大分から足した付属編成で、8号車の食堂車オシ24の白帯がよくわかる。ED7624〔大〕の牽く14輛編成は圧巻だ。 日豊本線東別府~西大分 S60(1985)/3/6

昭和44(1969)年春、大分駅5番ホームに横付けした“富士。”ヘッドマークはこの時と、昭和59(1984)年2月の復活の時とは少し違うような気がしている。下端“FUJI”位置の塗装と仕様が異なるようなに思えてならない。 大分 S44(1969)/3/15