転轍器

古き良き時代の鉄道情景

国鉄日田彦山線の面影 彦山川沿い

 日田彦山線英彦山を主峰とする連山のひとつ、釈迦ヶ岳を長大トンネルで越える。県境の分水嶺を隔てて福岡県側に注ぐ彦山川は、彦山駅手前の第4彦山川橋梁を潜り深倉川と合流する。

 筑前岩屋側のアーチ橋と同仕様のようで、橋長64.7m、アーチ径間14m、5連無筋コンクリート充腹アーチ橋とのこと。画面右側が彦山駅手前で2つの腕木を並べた場内信号機が建っていた。

 釈迦ヶ岳トンネルに沿った峠道から見えたアーチ橋は第3大内川橋梁と思われる。この位置を流れる川は深倉川なので橋名は地名からなのかどうか詳細はわからない。

 彦山駅から彦山川右岸に沿って下り勾配を駆けおりた所に第3彦山川橋梁が架かっていた。築堤が残っているので線路跡とわかる。彦山側の構図。

 彦山側(彦山川右岸)から豊前桝田側を見る。白く見えるのが橋台跡と思われる。鉄橋を渡り終えて踏切を過ぎると豊前桝田駅に入る(左上矢印)。

 鉄橋を渡り終えた踏切の先に豊前桝田駅があった。カーブする線路敷がよくわかる。勾配標が残っている。

 豊前桝田駅ホーム跡。貨物扱いがあったので側線はどのようなレイアウトだったのか気になるところ。

 彦山川土手から豊前桝田駅が見渡せる。鉄道用地はフェンスで囲まれている。

 駅を出て添田方へ進むと県道をアンダークロスする。きれいな曲線の道床が残っている。

 彦山川左岸を線路は県道と寄り添って進む。築堤上の仕切りは「シーナリーガイド」に出てきそうな鉄道用地柵であろうか。この光景は久大本線などでも見かけた気がする。待っているとクリームと朱色の気動車が現れるような錯覚におちいる。

 添田駅手前で再び彦山川を渡る。第2彦山川橋梁の痕跡は残っていないが、川岸のコンクリートが橋台の名残りかもしれない。

 川を渡ってすぐの所に添田駅上り遠方信号機が建っていた。踏切跡から添田駅方を望む。

 添田構内終端部の水路を渡る橋の橋台。本線の他に引上線など複数の線路が渡っていたにちがいない。

 何本もの線路が敷かれた広い構内を抱えていた添田駅。機関車の休む駐泊所も備えられていた。石炭全盛期は次の西添田豊前川崎・池尻と名だたる石炭発送駅が連なっていた。

 撮影:R7(2025)/ 11/16

 日田彦山線は香春以北のセメント・石灰石輸送が脚光を浴びていて、趣味誌に掲載された石炭列車の写真は伊田と後藤寺くらいで後藤寺以南の構図はほとんどお目にかかっていない。添田を発車する石炭列車は後藤寺から糸田線へ向かうのだろうか、伊田から田川線へと歩を進めるのだろうか。

 時刻表昭和39(1964)年9月号から添田筑前岩屋間の時刻をつないでダイヤを作った。普通列車は彦山折返しの気動車1往復以外はC11牽引の客車列車6往復、準急列車下り3・上り4本が設定されていた。列車交換は豊前桝田4・彦山5、追抜きは彦山1を数える。C11の牽く客車列車は彦山での停車時間が長く、火床整理と給水が行われていたものと思われる。
 貨物扱いは豊前桝田・彦山とも行われていたようで、彦山は長い貨物側線とホームがあった。

 彦山2番3番ホーム下り寄りにC11に給水するためのスポートがあった。蒸機の時代が終わって撤去されたようだが、給水塔は残っていた。 S51(1976)/9/20