
趣味誌に掲載された豊肥本線ダイヤから、熊本~竜田口間小運転が2往復設定されているのを知り竜田口に降り立ってみる。下車した気動車列車が着いたとたん79602〔熊〕が牽くタンカー編成が発車して行った。 1796レ 豊肥本線竜田口 S47(1972)/3/29
「全国専用線一覧表昭和45年版」(トワイライトゾーンMANUAL12/平成15(2003)年刊)によると、「所管駅:竜田口/専用者:日本石油㈱/作業方法:国鉄機・手押/作業キロ:0.2/総延長キロ:0.2/国鉄側線」と記載されている。撮影時の国土地理院空中写真閲覧サービスで竜田駅を見ると、1面2線の島式ホームと留置線1線、本屋側に行止りの荷卸し線が確認できた。日本石油熊本油槽所の施設は白川に面した駅南西側に構えられていたように見える。

竜田口からすぐ後続の気動車列車に乗り水前寺の退避線に停車している先ほどの編成に追いつく。編成の全貌はタキ×5+ワフの6輛編成であった。79602〔熊〕のキャブ裾部切詰めは独特で異彩を放っていた。翌年の豊肥本線DL化の際に北海道は倶知安機関区に渡り、蒸機終焉まで活躍した幸運な機関車であった。 1796レ 豊肥本線水前寺 S47(1972)/3/29
撮影時は熊本機関区のキュウロクを撮るのに精一杯でタンク車のことなど思いもしなかったが、後年になって竜田口で見た日本石油のタンク車は日豊本線鶴崎から発送されていたことを知る。それも九州横断線を通るのではなくて門司操車場を経由する大回りのルートで輸送されていたようだ。それは何故なのか。豊肥本線を通れば147Kmのところを、日豊・鹿児島本線回りでは347Kmにもなって倍以上の距離を要す。勾配や補機の関係だろうか。
日豊本線で撮ったガソリンタンカーの写真を見ると連結輛数が竜田口で見たのと同数程度の編成があって、もしかしたら鶴崎発竜田口行日本石油のタンク車だったのではないかなどと新たなロマンを膨らませている。

かつて久大本線や豊肥本線で活躍した58689〔大〕が日豊本線を堂々と走行している。連結輛数が竜田口のそれとほぼ同数の日本石油のタンク車を従えているので大分で分割された返空編成かもしれない。 1591レ 日豊本線大分~高城 S44(1969)/9

タキ3000・タキ9800・タキ35000など返空車7輛がつながっている。その後ろは長物車に国鉄バスが載っている。機関車は南延岡の雄D51485〔延〕が牽いている。 565レ 日豊本線大分~高城 S45(1970)/10

D51485〔延〕の特ちょうであった砲金製煙室扉ハンドルが無くなっている。この年の5月に会った時は光り輝かせていたのに、この間に交換されたものと思われる。朝の門司(操)発南延岡行下り貨物列車に5輛の日本石油タンク車が連結されている。 8563レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/10/9

DF50544〔大〕の牽く上り1596レ。前から4輛め以降がガソリンタンカーのようだ。 大分 S45(1970)/9
九州管内で日本石油の専用線があったのは大分港と竜田口だけで、石油関連の専用線が確認できたのは以下の通り。
鹿児島本線/葛葉・東小倉・上熊本・宇土・有佐・八代・出水・伊集院
日豊本線/大分港・鶴崎・財部・加治木
長崎本線/神崎
豊肥本線/南熊本・竜田口・中判田
筑豊本線/直方・勝野
香椎線/西戸崎
(専用線一覧表昭和45年版から)
九州各線で撮られた貨物列車の写真を見るとガソリンタンカーよりはタサ5700のような灰色のLPガスタンク車が連結されているのを目にしてきた。はたして鶴崎発のタンク車は長崎本線神崎向けは確認できたがそれ以外はどこへ行っていたのだろうか気になるところだ。

大分に17時頃着く1596レは南延岡発門司(操)行で主にDF50が牽いていた。この列車は必ずタンク車が連結されていた。コウモリマークの日本石油のタンク車タキ3000が連結されている。 大分 S44(1969)/10/6

D511032〔延〕が長い編成を牽いて終着大分へ入る。つながったタンク車は化成品・LPガス・ガソリンタンカーとバラエティに富んでいる。 1578レ 大分 S46(1971)/8

日本石油のタンク車5連、これぞまさに竜田口向けではないかと今になって強く思う。もしそうだとしたら熊本側はどこで継走するのだろうか。熊本(操)まで進むとスイッチバックとなるので上熊本で切り離され、上熊本発豊肥本線向け貨物列車として9600が迎えに来るのではないだろうか。勝手な想像で楽しむ。 1578レ 日豊本線大分~高城 S46(1971)/9/15

DF50532〔大〕の牽く上り貨物列車に日本石油のタンク車が連結されている。この列車は宮崎発門司(操)行で、南延岡までは当時脚光を浴びたC61が牽引していたはずだ。 2560レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/4/22

時は流れてJRマークが付いたED7684〔大〕が10輛の日本石油タンク車を従えている。どこからの返空編成であったのだろうか。竜田口への鉄道輸送はこの後に終了したようだ。 日豊本線高城~鶴崎 H1(1989)

タキ45000 日本石油ロゴはコウモリと星CALTEX。

九州石油大分精油所から鉄道輸送が開始されたのは昭和39(1964)年と聞いている。以来鶴崎から大分港を始めとし各地に発送されるタンク車(ガソリン・灯油・軽油・A重油)を牽いたのは、年代順にD51・C58・8620、DF50・DE10、ED76であった。平成9(1997)年3月28日を持って鉄道貨物輸送は終焉を迎えた。
・写真は一部を除いて過去記事の再掲