転轍器

古き良き時代の鉄道情景

急行フェニックス1等車増結 大分国体夏季

 この写真は第21回国民体育大会-大分国体-夏季大会の帰路、皇太子殿下・皇太子妃殿下がご乗車した列車を人々が見送っている場面を捉えている。4号車のサボは「フェニックス」が掲げられて一般営業列車での行啓ということがわかる。皇太子同妃両殿下ご乗車の車輛の号車札は「増」が入り、宮崎発西鹿児島行急行“フェニックス”の2等車3号車と1等車4号車の間に組込まれているようだ。

 写真を拡大すると中央の席から見送りにお応えする皇太子同妃両殿下が確認できる。車番はキロ28193、4号車のキロ28が「鹿ヤコ」標記であったので、都城機関区配置車で組まれた編成と思われる。手持ちの昭和43(1968)年3月配置表で探すとキロ28193は都城機関区配置であった。 101D“フェニックス” 日豊本線中津 S41(1966)/9/20 写真:SHIROSANさん

 この写真が大分国体夏季大会の時に撮られた、とわかるまでかなり時間を要した。大分県発行の「行幸啓誌1966大分県」(昭和42(1967)年3月刊)と巡りあって解明できたものである。大分国体秋季大会はDF50重連、C58重連お召し列車が運転され、多くの記録写真が残っているので知見を得ていたが、夏季大会の列車運行を知る手立ては皆無であった。

 「行幸啓誌1966大分県」に『第21回国民体育大会夏季大会 皇太子殿下・皇太子妃殿下 行啓御日程』が掲載されている。9月16日の来県から20日の離県まで県内御視察と競技御覧に使われた急行列車が記録されていた。
 あくまでも趣味的見地からご乗車列車を振り返ってみたい。以下は上段が列車編成表、矢印下がご乗車列車の想像、イメージである。

 第1日めは博多から大分まで長崎・佐世保発熊本行急行“九重”でご来県。ご乗車の増結車は写真の“フェニックス”の位置からの推測で、実際はどうだったのかは不明である。

 2日めは臼杵石仏御視察で往路急行“高千穂”、復路急行“青島”にご乗車。客車急行は“高千穂”が唯一で車輛は何であったのだろうか。ナロ10だろうか、この時期冷房装置を搭載してオロ11になっていたのだろうか。また冷房化されたスロ54だったのだろうか。楽しい想像は膨らむ。

 3日めは九州循環急行“ゆのか”で別府から日田、由布院へとご移動。日豊本線電化前はこのような長大編成の気動車急行全盛の時代であった。

 還啓の日は日豊本線を北上、宇佐神宮御参拝で急行“第2ひまわり”に別府から宇佐までご乗車。福沢諭吉旧邸御視察の後、中津から急行“フェニックス”にご乗車され、お別れ場面が冒頭の写真となる。キロ28193は冷房車であった。

 行啓御日程の列車発車時刻と、時刻表の発車時刻と一部異なる部分があるが、行啓御日程の記載時刻を優先した。