
9600の貨物列車を撮りに向かうも間に合わず、ただシャッターを推しただけのネガを見返すと「ハエタタキ」がしっかりと写っているのに気づく。電柱に貼られた白い標記は位置などの情報が記されていたのかもしれない。

通信線電柱は線路に沿って規則正しく建っているように見える。幾重もの電線が張られているのが写っている。古き良き時代の鉄道情景に「ハエタタキ」は欠かせない。 79608〔熊〕 中判田~滝尾 S45(1970)/4

線路はどこまでも続き、脇に建つ通信線電柱もそれに従っているように見える。滝尾駅下り遠方信号機も電柱の並びの中に見える。 69680〔熊〕 中判田~滝尾 S46(1971)/3

電柱がとても太く巨大に見える。「ハエタタキ」と藁小積みの線路脇風景は当時何の感慨もなかったが、今振り返るといたく郷愁に浸る。 C58277〔大〕 中判田~滝尾 S45(1970)/3

「ハエタタキ」は所々でコンクリート支柱製が見られた。C58の仲間では異色のシールドビームと「ダンボの耳」変形デフを備えたC58124〔大〕が朝の通勤通学列車を牽く。 中判田~滝尾 S45(1970)/9/12

豊作の稲田から下り貨物列車を見送る。「ハエタタキ」は意識して構えたのか、いや偶然写り込んでくれた産物と思われる。 79653〔熊〕 S44(1969)/10/12

米良川にかかる築堤脇に規則正しくコンクリート製電柱が並んでいる。電線はそれぞれの役目があるのだろう、太い線、細い線がつながっている。撮影時は機関車集中でそれ以外は視界に入っていないであろう。 79608〔熊〕 滝尾~下郡(信) S45(1970)/5

菅尾から三重町にかけて丘陵地を越える69699〔熊〕の後追いにハエタタキが写っていた。 三重町~菅尾 S46(1971)/9

ここの木製「ハエタタキ」は線路から少し離れた位置に建っている。曲線の場合は線路から離れての建立が見られる。 C58105〔大〕 滝尾~下郡(信) S46(1971)/3

この位置もカーブしているからか、「ハエタタキ」は線路からかなり離れて田んぼの中に建てられている。C58が牽いた豊後竹田行客車列車はDE10の仕事になっていた。 滝尾~下郡(信) S47(1972)/7

下郡信号場下り遠方信号機脇をキハ53+キハ26+キハ20の3連上りローカルが行く。木製の通信線電柱が写っている。カーブした線路沿いの踏切と遠方信号機はその後も健在であったが、巨大な電柱はいつの間にか姿を消していた。 滝尾~下郡(信) S49(1974)/3

立野駅で写っていた「ハエタタキ」は碍子が載る横桟は短い5段構え構造の小ぶりであった。高森から到着した貨車をC12222〔熊〕が入換を行っている。 立野S47(1972)/3/29
・写真は一部を除いて過去記事の再掲