転轍器

古き良き時代の鉄道情景

豊肥本線 昭和30年代

 かつて仕事でご縁のあった天面山さんから、私が汽車が好きということから、その方のおじさんが撮影したという古い写真データをいただいていた。貴重な写真は昭和30年代の撮影と思われ、郷愁の彼方の鉄道模様を知る手がかりとして、「転轍器」掲載の了解をいただいた。
 写真は全て:大野郡三重町人さん

 犬飼軽便線が犬飼から延伸して三重町に到達したのは大正10(1921)年3月であった。三重町からは犬飼線として西進し玉来まで延伸開業、東進した宮地線延伸区間が玉来に達して昭和3(1928)年12月、熊本~大分間は豊肥本線となった。

 三重町駅は大野郡の政治・経済の中心地の駅。2面3線のホームに貨物線を備えた構内は豊後竹田駅と同様、規模の大きな駅である。また国鉄自動車線乗換え駅で、臼杵-野津市-三重町を結ぶ国鉄バス臼三線が運転されていた。真新しく見える跨線橋は昭和34(1959)年頃に架設された模様。橋脚の間からホーム駅名標と石炭車らしき貨車が写っている。

 三重町駅前通りであろうか。この時代どこの国鉄駅前にもあった丸形「通」マークが象徴的だった日通のデポが捉えられている。おじさんは日通に勤務されていたらしく当時の物流拠点や運送の様子、トラックや自動車の写真も撮られていたと聞く。
 竹材が立てかけられているのに注目する。豊肥本線沿線は犬飼を始めとした竹の産地で、旗や釣り竿、竹細工の材料となる竹材が多く産出されていた。車長の長い無蓋車トキ15000は竹積載用として重宝し、各駅が配車手配していたのではないだろうか。

 いつもの黒い汽車とは違った明るい色のディーゼルカー三重町駅に姿を見せた時の様子はまるでお祭りのような人出だった、と写真を撮ったおじさんが語っていたと聞いている。
 これはキハ55系準急色が誕生した昭和33(1958)年2月、九州循環急行の走り、準急“ひかり”号の試運転時の時の写真と思われる。この年の5月より、博多-小倉-別府-熊本を結ぶ“ひかり”が運転開始された。東海道新幹線超特急の愛称に召し上げられた「ひかり」は豊肥本線を通る九州半周準急が発祥であった。

 三重町下り2番線に貨物列車が停車している。発車に向けて駅長がタブレット持参で機関車へ向かって行っているように見える。機関車は8620で、この当時豊後森機関区に集結した8620が久大本線豊肥本線で活躍していた。ボギー無蓋車のトキ15000や長物車チキが連結されている。

 振り返って編成後部はホロが掛けられた製材品らしき物を積んだトキと原木積載のトラ、数輛のタンク車が並ぶ。タンク車の積荷は何だろうか。とても興味ある貨物列車編成が記録されている。構内牧口寄りの側線に貨車が押込まれているのも見える。跨線橋はまだ設置されていないので昭和34(1959)年以前と思われる。

 犬飼線豊後竹田~玉来間が延伸開業したのは大正14(1925)年11月、宮地~玉来間が開通して豊肥本線となった昭和3(1928)年12月までの4年間、玉来駅は終端駅であった。線路脇に建つ「木炭第二倉庫」の光景は、鉄道貨物輸送全盛の時代であったことを物語っている。祖母山系の木材、薪や木炭に竹、米や麦など農産物が積込まれていったと聞く。ちらりと写る標識灯が付いた有蓋車は戦前製のワフではないか。端面の荷重・自重標記が「t」ではなくて旧字体漢字のようなのでなおさら時代を感じる。

 貯木場風景はどこの駅の近くだろうか。犬飼駅三重町駅、牧口駅の何れかであろうか。大量の坑木が積まれている。この時代、九州各地の木材集散地の駅では炭鉱で使う坑木を搬送していた。筑豊から到着した石炭車の石炭を降ろした後、空車になった石炭車に坑木を積んで返送する例もあったようだ。

 筑豊の石炭輸送が鉄道の延伸と共に川舟から鉄道に置換わっていった歴史がある。同じような事が犬飼軽便線の延伸により、水運から陸運に切換わっていった事を知る。大野川は犬飼港よりさらに上流の岩戸港から行われていた川舟運送は犬飼線牧口駅の開業で衰退の一途をたどる。牧口駅ができたことで傾山へ森林軌道が敷かれ、搬出された木材は駅の貯木場から全国各地へ送り出されていたと聞く。この写真は牧口駅なのかもしれない。ロマンは深まるばかりだ。

 参考文献
  「鉄道ファンNo.241」 (交友社/昭和56(1981)年5月刊)
  「鉄道全路線27豊肥本線」 (朝日新聞出版/平成22(2010)年1月刊)
  「各駅停車全国歴史散歩 大分県」 (河出書房新社/昭和58(1983)年11月刊)
  「豊肥線物語」 (荘田啓介著/大分合同新聞社/昭和62(1987)年2月刊)
  「昭和30年頃の大分県」 (アーカイブス出版/平成20(2008)年2月刊)
  「時刻表昭和33(1958)年11月号」 (復刻版/JTB/平成11(1999)年10月刊)