転轍器

古き良き時代の鉄道情景

旅情

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 深夜、旭川駅の電光時計は23:38を指している。この時間で乗車できる列車は宗谷本線方面では札幌発稚内行“利尻”23:50着0:20発、石北本線方面では札幌発網走行“大雪5号”0:57着1:02発のいずれも旅情あふれる夜行列車である。「今は走る汽車にこの身をあずけて♪巡る窓の景色ひとりで見ている♪できるならばふたり♪あなたと見つめたいと♪」は『かぐや姫(初代)』の「旅情」の歌詞で、汽車旅には最適な歌として口ずさんでいた。 旭川 S49(19874)/9/13

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 石北本線の旅で北見は下車していないが、北見駅の駅弁の包み紙が出てきた。旭川駅23:38の写真が残っているので、網走16:20着の湧網線の貨物列車を撮った後、網走17:00発旭川21:56着の516D“大雪4号”に乗車したものと思われる。北見ではホームに降りた記憶もないのでたぶん車内販売で買ったものであろう。昭和49(1974)年9月号の時刻表を開くと、駅弁マークのある駅は旭川・上川・遠軽・北見・網走の5駅であった。旭川ーやまべすし(350円)・豚汁(70円)・大雪鮨(350円)、上川ーにじます姿ずし(200円)、遠軽ーかにめし(300円)、北見ーさけめし(300円)、網走ーかにめし(300円)と欄外の「名産と特殊弁当」のコーナーに記載されていた。

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 汽車旅には欠かせない駅弁。北見駅旭川駅もタイトルは特製弁当で、いずれも幕の内弁当であろう。弁当とお茶ー今のようなワンウエイ容器やペットボトルがなかったーを客車の窓枠に設けられたテーブルに置き、流れる車窓を見ながらの駅弁は格別で、旅情を味わう楽しい時であった。

湧網線

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 湧網線は湧別~網走間94.7㎞のローカル線で旅客6.5往復、貨物1往復が設定され、遠軽機関区の9600とキハ22が運用されていた。1991列車は中湧別12:10発、網走16:20着のダイヤで湧網線を約6時間かけて走っていた。夕陽さす網走西部はずれの場内信号機脇を49699〔遠〕が4輛の貨車を牽いてやって来た。3輛のワラに続く緩急車はボギー台車のワムフ100で、単調な編成にアクセントを添えていた。2基の信号機は左が石北本線、右が湧網線で四角い板はそれぞれ「石」、「湧」と独特の国鉄書体で標記されていた。  1991レ 湧網線二見ヶ岡~網走 S49(1974)/9/13 

網走西部3線区間

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 網走西部呼人寄は3本の線路が並んでいた。手前から湧網線、石北本線、そしてC58のいる線は当時は引上線と思っていた。後にこの3本めの線は、「国鉄全駅各駅停車①北海道690駅」(小学館/昭和58年刊)に記載された線路配線図から浜網走貨物駅への出入線ということを知る。一部抜粋すると『現在の浜網走貨物駅は開業当初網走駅と称したが、昭和7年(1932)、現在地に網走駅が開業、旧網走駅は浜網走駅と改称した。これは釧網本線との連絡のためである。』と記載され、両本線の結節点と貨物駅との関係を理解することができた。

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 C58390〔北〕の牽く網走発北見行1594レ 石北本線呼人~網走 S49(1974)/9/13

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 C58395〔北〕の牽く網走発北見行574レ 石北本線呼人~網走 S49(1974)/9/13

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 網走は石北本線釧網本線、湧網線それぞれの始発終着駅であるので、動力車は函館・札幌・旭川遠軽・北見・釧路の各基地から集まってくる。C58は北見と釧路からの罐が姿を見せ、C5898は釧路配置の釧網本線の機関車であった。石北本線北見~網走間はD51は入らずC58だけの運用であった。 網走 S49(1974)/9/13

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 客車入換で何度もC5898〔釧〕が顔を見せてくれる。煙突、予備灯、デフレクタ、デッキ手摺りは庫で見たC58と同じ装備で、C5898は左右デフレクタにアーチ状に掛けられたつらら切が独特であった。 網走 S49(1974)/9/13

北見客貨車区網走支区

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 国鉄車輛配置表に掲載された運転関係業務機関の中にある客貨車区の欄を見ると、北見客貨車区の支区は遠軽と網走があることがわかる。網走駅裏の山手側のヤードに「支区」という名にふさわしい小さな庫があった。そこにはC58やDE10、キハ22が佇んでいた。模型の機関支区セクションにぴったりな光景と思う。 北見客貨車区網走支区  S49(1974)/9/13

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 C58390は構内掛の誘導で庫から出る。切詰めダフレクタ、デッキの手摺り、回転式火の粉止め、前照灯の副灯、キャブの旋回窓等、機関車のスタイルは独特な北海道形といえる。 C58390〔北〕 北見客貨車区網走支区 S49(1974)/9/13

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 キハ22はキハ20系の寒地向け仕様車で、デッキタイプの出入台と小さい窓が並ぶサイドビューは客車のような印象を受ける。きれいなクリームと朱色の塗分けのフロントはジャンパ栓が賑やかで運転台はデフロスタが装備されている。  キハ22304〔旭アサ〕 北見客貨車区網走支区 S49(1974)/9/13

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 舟底タイプのテンダを持つC58395は昭和49年4月現在、北見機関区の配置であった。C58の舟底テンダはC58383からC58427までの装備で、形状は後部欠き取りがあるものと無いものがあった。 C58395〔北〕 北見客貨車区網走支区  S49(1974)/9/13

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 網走構内を呼人側から見る。網走駅は札幌発網走終着の特急“オホーツク”が入っている。石北本線釧網本線とも客車列車が運用されているので構内で休む客車編成が多く見られる。  北見客貨車区網走支区 S49(1974)/9/13

網走

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 網走は石北本線釧網本線、湧網線が集まるオホーツク海沿岸の鉄道の要衝で、石北本線旭川からは237.7㎞、釧網本線釧路からは169.1㎞、湧網線湧別からは97.4㎞の所に位置している。趣きのある駅舎に魅了されて撮ったスナップは駅前広場の車と人の動きがあって観光駅の賑わいが伝わってくる。 網走 S49(1974)/9/13

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 本屋に向かって左側を撮る。降車客の出口、観光案内所、貨物の事務所のような施設が並んでいる。2面4線の構内は本屋寄り欠き取りホーム0番線に湧網線の気動車が入る。ホーム間に架かる跨線橋が見える。

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 本屋に向かって右側を撮る。構内は北見客貨車区網走支区のヤードが広がり、呼人側に建つ照明塔が見える。駅裏手は小高い山が、手前は広場に立つ漁を行う先住民の像が写っている。

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