転轍器

古き良き時代の鉄道情景

ディーゼル機関車

磐越西線のDD51

DD5120〔東新〕牽引の郡山発新津行下り233レは磐越西線176kmを約5時間かけて走り通す。牽引機は会津若松でED77から東新潟機関区のDD51に交代する。スユニが付いた5輛編成の客車列車は亜幹線の趣を漂わせてくれる。 磐越西線喜多方 S49(1974)/6/15 5輛…

大分運転所のDF50

日豊本線はトンネルの多さと急勾配の連続で九州ではいち早くディーゼル機関車が投入された線区である。昭和33年には大分に姿を見せ試運転を始めている。本格的配置は昭和34年の新製車7輛で始まり、漸次35年6輛、36年3輛、37年1輛と増備され17輛までになった…

DE101587

熊本で会ったDE10はSG無しの1500番台車だった。前面の塗分けは白ラインの上にナンバーが貼付けられているのが通常と思っていたが、この罐は白ラインは前照灯まででナンバー位置はオレンジのままであった。運転席側面のオレンジ色のランプは運転位置表示…

DE10105

久大本線DL化の1年以上も前の昭和44年6月、D60の基地にこれまで見た事のない凸形のディーゼル機関車がいるのに驚愕する。運転所の人の話ではDL化に備えての教習用で四国からの借入車との事であった。鉄道ジャーナル№38(昭和45年7月号)「車両基地」に…

DE101015

大分運転所のDE10は久大本線DL化に向けて昭和45年4月から6月にかけてDE101015〜1023まで続き番号で9輛が新製配備された。45年10月のダイヤ改正では9輛のDE10では賄いきれず3輛のD60を予備機として残す暫定的なDL化であった。翌46年10月、DE1011…

DE104

昭和41年に登場したDE10は1・2が一般形、3・4が寒地形の試作車ということを趣味誌で知る。DE10の車歴表から1・2は松山、3・4は一関に新製配置とある。昭和48年3月の配置表は1・2は松山で変わらず、3は釧路、4は遠軽へ配置換えとなっていた。金華で会った…

DE1090

手元にあるDE10の車歴表から昭和44年から45年にかけて佐倉に新製配置されたナンバーを拾ってみた。52〜67(配置日/昭和44年1月〜3月)16輛、90〜104(昭和44年4月〜7月)15輛、124〜126(昭和44年6月〜7月)3輛、152〜157(昭和44年11月〜45年1月)6輛、そ…

DD13230

門司港で見かけたDD13はナンバー230で、これも15次形ということになる。あちこちでDD13を見かけたが、結局ネガに焼きつけたのは茅ヶ崎、門司港、直方くらいで、今思うと撮り逃がした獲物は相当数におよぶ。となりの線はTR52を履いたオハニ3620〔門モコ…

DD13249

手元に昭和43年発行のカツミの鉄道模型カタログがある。経年で色の変わった頁を開くと、「入換用液体式の強力機DD13形ディーゼル機関車」のタイトルがある。以下本文の説明から抜粋。─戦後、アメリカ陸軍が持ち込んだ小型ディーゼル機関車が、国鉄ディーゼ…

DF50509

日豊本線の蒸機時代、宇佐〜立石間はD60補機を必要とする難所であった。電化の約1年前に複線化が成り、勾配緩和の新下り線にできた立石トンネル(3640m)を通過するため無煙化補機として秋田機関区から8輛のDF50(503・508・509・521・522・523・541・54…

DF50563

DF50563〔大〕は大分運転所配置DF50のラストナンバーで、73輛の500番台のうち昭和36年製の最終グループである。DF50500番台のラストナンバーは38年10月製の573であった。 1596レ 日豊本線大分〜高城 S46(1971)/9/25

山口線

山口発小郡行の気動車列車に乗車し、対向列車を捉えようと右側座席を陣取る。平凡な景色の平坦な山口線は交換駅は大歳だけで結局小郡までは対向列車は無かった。小郡構内に入って退避するDD51牽引の山口線貨物列車を見ることができた。 DD51882〔厚〕 山…

DD1528

青森駅の印象は連絡船乗場に急いでいたからか、あまり残っていない。写りの悪いスナップは客車入換風景で4つ目玉と旋回窓が精悍な面構えのDD1528〔青〕が先頭に立っていた。続く客車は「弘前行」のサボが架かっていて奥羽本線の列車と思われる。1輛めはオ…

DD13382

直方機関区のディーゼル機関車は昭和42年11月、幸袋線無煙化用にDD13─3両( 381・ 382・ 383)が初配置であった。44年3月現在九州管内のディーゼル機関車は門司DD13─6、香椎DE10─11・DD13─12、鳥栖DD51─25、竹下DD11─1、早岐DD11─2、大分DF5…