転轍器

古き良き時代の鉄道情景

電気機関車

ED731008

九州の電化は昭和36年の門司港~久留米間が始まりで、赤い機関車はED72とED73が登場、ED72はSG搭載の旅客用で22輛、ED73は貨物用で22輛、合計44輛でスタートした。ED73は昭和43年から44年にかけて高速列車100km/h運転に備えて1000番台に改造され、赤い車体に…

ED421

信越本線や碓氷峠のことは趣味誌や写真集、また文学作品や紀行文で数多く採りあげられているので、自分の中では良く知っているような錯覚を起こしている。実際に列車で峠を越え、横川駅前に鎮座しているED421を初めて見た時、誌上の知識だけでは味わえない臨…

ED7625

大分運転所に新製配置されたED76のうち幸崎電化時の9~26とその後増備された27~28は昭和61年末頃までに廃車となっている。都城行下り“彗星”を牽くED7625〔大〕は余剰車を横目に最後の活躍をしていた。この時の“彗星”はカニ24とオハネ25・オハネフ25のシンプ…

ED7626

昭和59年2月、九州内を走るブルートレインにヘッドマークが復活した。日豊本線では“富士”と“彗星”に懐かしい絵柄が掲げられるようになった。ところがその1年後、“富士”のマークがかつての展望車時代の形に変更されるとのニュースを聞き、これまで慣れ親しん…

ED7679

昭和60年3月14日ダイヤ改正は、特急“富士”のヘッドマークがお椀形から山形へ変わるということでひさしぶりに大分運転所構内に入ってみた。電気機関車検修庫はかつての賑わいはなく、ひっそりとしていたのが国鉄の行く末を物語っているかのようであった。この…

ED76 500番台

函館本線は昭和43年8月に小樽~滝川、昭和44年9月に滝川~旭川間が電化され、その際ED76500番台が登場し、22輛が岩見沢第二機関区に配置された。ED76を名乗るが外観は九州の76とは全く異なり、正面は貫通扉を備えたED75の顔、側面はED76調ではあるが…

EF58 ひと桁ナンバー

ネガフォルダに眠る写りの悪いコマの中にEF58のひと桁ナンバーがあるのに気づく。暗くてよく見えないが、せっかく撮ったので何とか日の目を見ることができないかレタッチして9番の顔だけはわかるようになった。下関運転所を訪れた時は新幹線開通前で25輛の…

ED16の思い出

昭和49年春、上京して初めて降り立った駅は華やかな山手線目黒駅であった。そこから緑色一色の3輛編成の電車に乗り、今来た山手線の線路を見下ろしながら急勾配を下り大岡山という駅で下車する。今度は同じ緑色ではあるが少し長い編成に乗り、大きな川を渡り…

中山宿

昭和49年初夏、磐越西線中山宿駅に降り立つ。当時この地の知識など何もなく、只見、日中線のC11を撮った帰りに案内人に従ってこれも初めて見るED77を撮るためであった。後年趣味誌でここで奮闘したD50の雄姿を見るたびにこの駅で下車したことを思い出す…

EF81400番台

国鉄分割民営化直前の昭和61年11月、関門間の特急仕業が門司機関区から大分運転所へ変更となり、重連総括制御のEF81400番台6輛が日豊本線を走るようになった。日豊本線のF級機関車はDF50以来で、ローズピンクのEF81は二豊路の新しい風となった。 東京…

EF814

EF81は日本海縦貫線を走るため直流、交流50Hz・60Hzの3電気方式の機関車として昭和43年に誕生している。撮影時、EF81は酒田・東新潟・富山第二・敦賀第二・内郷・田端・門司に配置されていた。ローズピンクのEF81とはこの時が初対面であった。 EF814…

EF15190

EF15の推移を調べると、昭和50年以降、東海道、山陽筋のEF15は斜陽に向かっていたということを知る。新鶴見のEF15を国府津で見かける。パンタを降ろして側線で待機していたEF15190は気がついたら下り貨物列車の先頭に付いていた。伊東線へ入るのだろ…

ED75301

ED75300番台は熊本電化の昭和40年に登場、60HzのED75としてわずか11輛の存在であった。鹿児島本線北部で高速貨物を牽いて100㎞/h走行できる強力機関車であったが惜しくも昭和61年3月に全機廃車となっている。夕刻の戸畑界隈、ED75301〔門〕が長い貨物…

ED731019

北九州工業地帯は戸畑駅近くの複々線でED73の牽く石灰石列車に遭遇する。ED73はブルートレインか高速貨物のイメージがあったがこのような区間貨物の運用にも就いていた。石灰石積載のセキには「黒崎〜石原町間専用」の標記があり、この先黒崎へ向かうも…

サザンクロス

「パノラマライナーサザンクロス」はJR発足時、昭和62年に誕生している。牽引機も12系改造の客車の塗装に合せてED76とDE10の専用機が準備された。ED7678は前パンで北上して行った。 日豊本線西大分〜大分 H4(1992)

ED7611

ED76は門司機関区配置の1〜8(昭和40年製)と、大分運転所配置の9〜26(昭和42年製)の26輛が揃っていた。大分運転所のED76は電化時投入の18輛から、その後昭和44年に27・28、45年に29・30が増備されて22輛体制となり、日豊本線と鹿児島本線は熊本まで運…

EF6225

信越本線のEF62は高崎第二・篠ノ井区に配置され上野・高崎〜直江津・長岡間で運用されていた。車軸配置は独特のC−C、いわゆる3軸台車で新形直流電機では唯一ということを知る。前面スタイルやサイドのフィルター等、東海道山陽筋の機関車とは一線を画す…

EF587

小野田駅で単機回送のEF587〔広〕と邂逅する。大窓とひさし付きの精悍なフロントは好きなタイプだが下垂交差のパンタグラフががっがりであった。後年わかったことはこの下垂交差(PS22B)のパンタグラフに交換されたのは広島所属機が多かったらしい。こ…

軽井沢

高崎行普通電車クハ85の進行方向右側の席から軽井沢構内のあわただしい光景を見る。高崎行340Mの先頭には2輛のEF63が付いている。中線は2輛のEF63が待機し次の運用に備えている。下り線は高崎発長野行345MがEF63重連に押されて急坂を登り終え補機解…

EF64

中央本線最後の未電化区間であった中津川〜塩尻間は昭和48年7月篠ノ井線とともに電化され、中央本線全線の電化が完成した。中津川機関区の重装備のD51に変わってEF64が入線し、振子電車の381系もこの時に誕生している。EF64は甲府、篠ノ井、稲沢第二機…

EF12

手元にある車輛配置表昭和48年版によるとEF12は全17輛で、1〜7・12〜17が高崎第二、8〜11が新鶴見の配置であった。撮影時の昭和52年暮れ時点では新鶴見に配置は無くなり高崎第二の5・10・14・15・16・17の6輛が健在で、運用は吾妻線中之条・小野上から高崎…

EH1012

EH10は昭和51年現在吹田第二機関区に42輌、稲沢第二機関区に22輌配置され、前者は汐留〜岡山間と宇野線・岡多線に、後者は汐留〜吹田間に運用されていた。三島駅下りホームから上り線を行くEH1012〔吹二〕の牽く新鶴見行貨物列車を望む。東海道本線三島…

EF30

EF308〔門〕の牽く門司発長門市行840レ 長門市からの841レが2番ホームに06時52分着、機関車は離れていくが編成はそのままホームに停泊、07時17分長門市折返し840レとなって下関までのひと区間EF308〔門〕が先頭を務める。50系客車は昭和51年から増備が始…