転轍器

古き良き時代の鉄道情景

2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

外輪山越え

昭和62年3月31日をもって日本国有鉄道はその名称が消滅した。国鉄時代に撮っておきたかった場所が いくつも残っているが、ここもそのひとつ。宮地から波野の外輪山越えは右に左にとカーブで高度を稼ぎ、約2.2kmの坂ノ上トンネルを抜けてサミットをめざす。国…

救援車スエ31

ネガフォルダをふり返ってみると3輌のスエ31を撮っていたことに気づく。瀬野機関区のスエ3158と大分運転所スエ3135・60の3輌である。スエ31の詳細はRM LIBRARY228国鉄救援車図鑑(上)ー製綱客車の個性派車輌ーで知るところとなった。 スエ31はスハ32系やオハ3…

北九州・筑豊で会ったホッパ車たち

北九州や筑豊の複雑な鉄道地帯では他では見ることのできない石炭や石灰石を積むさまざまな形式のホッパ車が運用されていた。もちろん蒸機を撮りに行っているので全体のわかる形式写真は残っていないが、画面の一部に写った画像からあの時代の石炭・石灰石輸…

秩父鉄道

濃いめのベージュにあずき色のような塗分けのおでこの丸い吊り掛け電車が入って来た。ウインドシルとヘッダーに挟まれたHゴム支持の3枚窓が独特な顔の表情を作っている。電車を迎える手旗を持った姿勢の正しい駅長の姿は良き時代の鉄道情景といえる。ホーム…

吾妻線

吾妻線は上越線渋川から大前に至る55.6㎞の上州の温泉地帯を通るローカル線で、新前橋電車区の70系と40系が走っていた。きれいなスカ色4輌編成が吾妻川を渡る。70系は福山で福塩線を見ていたが写真に収めたのはこの時が最初で最後であった。 吾妻線祖母島~…

ED32

伊豆箱根鉄道駿豆本線を訪れた際に謎の機関車を撮っていた。その後詳細はわからないままネガ袋で長い間眠っていた。手持ち趣味誌のバックナンバーを探してみたが、国鉄の臨時列車が入線した際にヘッドマークを掲げて牽引した記事は見つけたが、撮影時のこと…

高円寺

高円寺の緩行線ホームから快速線ホームを望む。御茶ノ水から三鷹までの複々線は線路のひねりが入った御茶ノ水が方向別でそれ以外は線路別複々線であった。ちょうど上り東京行と下り豊田行のオレンジバーミリオンの電車が並んだところであった。101系と103系…

荻窪

中野から高架線を走ってきた複々線は荻窪の手前で地平に降り青梅街道をアンダーパスして駅に入り、再び西荻窪に向かって高架線となる。中央本線の長距離列車はかつて新宿でEF64の牽く客車列車を見たことがある。新宿発松本行は荷電連結の9輌編成で残雪の快速…

豊州路の汽車電車

14時30分頃の豊後豊岡上りホーム。ED7615〔大〕の牽く荷物列車が駆けぬけて行く。日豊本線は大川司信号場から亀川まではまだ単線の時代である。ED7615は昭和42年10月の電化の際に新製配備されたED769~ED7626まで18輌のグループであった。 日豊本線豊後豊岡 …

大分運転所 昭和47年2月20日

無煙化計画が進捗する昭和47年3月ダイヤ改正前は幾度か大分運転所を訪れている。いつも蒸気機関車で埋まっていた給炭線はこの日の朝はDE101015〔大〕とC58105〔大〕、D51567〔延〕の3輌が手をつないで佇んでいた。 新鋭DE10が出揃うなか、日豊・豊肥・久大の…