貨物列車
タキ13552 形式タキ3500 内外輸送株式会社 アルコール専用 燃31 門司駅常備 大分 S60(1985)/3 専用種別のアルコールとはエタノールのことらしい。エタノールの主な用途は消毒・殺菌・溶媒・燃料や化学製品の原料で、身近なところでは除菌・消臭の家庭用、消…
濃硫酸専用のタキ4000とタキ5750は幸崎で見ていたので安治川口のヤードで会ったタンク車はどれも知っているタンク車であった。国鉄時代に撮った時には無かったナンバー前の「△」標記が未だ謎のままになっている。 撮影:安治川口 H5(1993)/3 コタキ34001 形…
DD51の牽くセメント石灰石列車は日豊本線から小倉を通過し、鹿児島本線貨物線をアンダーパスして鹿児島本線貨物上り線へと合流する。この位置は左から鹿児島本線上り線、日豊本線上り接続線と右端築堤から降りてきた鹿児島本線貨物上り線で、上り方向に3線が…
鹿児島本線貨物線をDD51が牽くタキ編成が通っている。外浜から金田への返空列車と思われる。蒸機時代の金田からのセメント輸送はセメントクリンカ専用のホキ6800の列をD50・D51・D60・DD51が牽いていた。平成時代になって輸送形態がセメントクリンカから粉体…
日本セメント香春工場で生産されたセメントは粉体タンク車タキ1900に積込まれ、香春から日田彦山線を北上し葛葉、門司埠頭、東小倉へバラ輸送されていた。 セメント工場への専用線は香春起点方、採銅所寄りから分岐していた。電柱の向こうに見える線路がそれ…
昭和59(1984)年2月改正で貨物輸送は、ヤード系輸送から拠点間直行輸送への転換が計られ、コンテナ輸送・物資別適合輸送・車扱直行輸送に集約された。趣味誌で見た、新鶴見操車場を始めとする各地の貨車の墓場と化したヤードの写真はとても痛々しく映ったもの…
昭和49年の秋頃に新鶴見操車場へ出かけている。35ミリフィルム36枚撮り6段のネガ袋に年月と「新鶴見操車場」と書いてある。写真が残っているので当時憧れていた新鶴見操車場へ行ったのはまちがいない。ただこの写真を撮った場所は広大な操車場のどの辺りなの…
青果卸売市場に山積みされた北海道産農産物の箱に印刷された産地名を見ると、かつて訪れたことのある場所が思い出されて感慨に浸る。北見?美幌?、この地名を聞くと寝台車を連ねた夜行急行が各駅停車となってC58が牽くあの急行“大雪”くずれが思い浮かぶから…
8月7日掲載「大崎支線を行く」の記事の中で、新鶴見方から現れたEF651000番台機が牽く貨物列車後方に写っていたタワー状の構造物は何なのか気になっていた。その写真のトリミングを変えて拡大したのがこの画像である。 私は独特な形から遊戯施設か商業施設の…
大崎支線という名称はいつ頃知ったのかはっきりとした記憶は無い。とても都内とは思えないのどかな風景の中、気になっていた貨物線沿いを歩いていた。鉄道用地と道路を区切っているのは見事な枕木柵で、古き良き鉄道情景が未だ健在であった。さっそく黒い貨…
東海道新幹線上りの海側3列座席の窓側から見える景色は、多摩川を渡ると市街地の掘割の中を新幹線の複線と、謎の複線が寄り添う複々線の様相が続き、そのうち並んでいた謎の複線は新幹線の高架の下に潜って見えなくなる。 下りの山側2列座席窓側の車窓は、東…
バラスト散布のホキ800は独特なスタイルをしていたので貨物列車の編成に組まれると目立つ存在であった。V形のホッパ形状と落し口、デッキ上の梯子や手摺り、開閉ハンドルやシリンダー等とても複雑な構造に映る。 よく見かけたホキ800であるが、国鉄時代に撮…
過日、九州管内を走っていた客車列車を調べた際、鹿児島本線八代から佐敷まで平日だけ走る片道の列車が気になっていた。そんな折り、小川さんから見せられた電化前の三太郎越えの写真は何か秘めたものを語りかけてくれているような気がしたのは、まさに私が…
大都市の真ん中に旅客と貨物を扱う「鉄道全盛期」を思わせる駅風景がまだ健在であった。巣鴨は貨物ヤードがあって山手線電車の車窓から滞留する黒い貨車を見ることができた。貨物本線の複線の他に側線があってワラやワムが列を成している。手前の引込線には…
タキ3926 形式タキ3900 石油荷役株式会社 石炭酸専用(内部ステンレス) 東海道本線豊橋~西小坂井 S51(1976)/3/26 EH10が牽く長い貨物列車を撮影して流れる貨車群を見送っていた時、ふと見慣れないタンク車が現れたので慌ててシャッターを押したものと思われ…
タキ3241 形式タキ3000 日本石油株式會社 ガソリン専用 燃32 下松駅常備(鶴崎駅臨時常備) 大分 S55(1980)/9 タキ3000は昭和22年から1,594輛製造された30トン積ガソリン専用タンク車。タンクは台枠のまくら梁上部のタンク受台に乗り、帯金で締めつけられてい…
九州石油のロゴは濃い青と薄い青の間に白い羽を広げたコウノトリを配したデザインだった。国鉄時代に何度も会っていたのに写真には残せていない。何を撮りたかったのかわからないコマに、もしや九州石油のマークではないか?とおぼしきタンク車が写っている…
歌い出し“♪今は山中今は浜~”の「汽車」や「汽車ぽっぽ」、「線路は続くよどこまでも」の童謡は軽快なリズムで列車の走行シーンが浮かぶ楽しい歌だ。同じ童謡「りんごのひとりごと」は少し切ない曲調に感じられなくもないが、汽車好きとしては“♪箱に詰められ…
三ノ宮は雲井通の高架線脇を歩いていたら背後から頭上を機関車の音が通り過ぎて行った。モーター音が小さくなっていくと今度はコンテナ車特有の小気味よいジョイントのリズムが街なかに響きわたる。その音はいつまでも続き、まだ間に合うとカメラを取り出す…
模型の作例でよく見かけたのはこのタイプの黄帯を巻いた有蓋緩急車で「道外禁止」のレタリングとともに絵になる車輛であった。戦後製のワフ22000を2段リンク改造をせずに65Km/h制限とし、形式はワフ122000とされた。 ワフ122826 宗谷本線抜海~稚内 S49(1974…
貨物列車の編成の前後に付いていた車掌車や緩急車はとても魅力的であった。機関車メインの写真なのでそれらは写ってはいるが、どれも小さくて外形は皆同じように見えたものだ。改めて振り返ると形式ごとに様々なバリエーションがあったようで、車掌車(緩急車…
友人に誘われて旧形国電余命あとわずかとなった青梅線ハイクに出かけた。出会うのはスカイブルーの103系ばかりであったが、それでも深い谷を跨ぐ雄大な鉄橋の構図は貴重な記録となった。 青梅線二俣尾~軍畑 S52(1977)/12/2 「立川」の前サボを掲げたクモハ4…
貨車の標記は実に楽しい。扉左の標記板は符号(ハ)・記号(ワム)・番号(184173)がレタリングされている。その下は票差しが2つあって左は貨車車票差し、右は貨車表示票差し、その間に積・空標記(積2.2空1.0)がレタリング。扉右の標記板は運用票板である。扉右側…
鹿児島本線貨物線を行くD511150〔若〕は後藤寺行の一般貨物の先頭に立っている。後藤寺までの経路は門司(操)から鹿児島本線貨物線─黒崎から筑豊本線─直方から伊田線─金田から糸田線と複雑で、牽引機は直方から9600に代わる。たまたま出会った若松のD511150は…
昭和40年代、私の中学生時代の感覚では本線と名のつく路線の機関車は、旅客はC57、貨物はD51という勝手な思い込みがあった。関西・紀勢・山陰・鹿児島・長崎・日豊の各本線がそうであった。またその形態が本線の貫禄というものであろうと思っていたが、実は…
夜行列車で宮崎駅に降り立った時は夜明け前、向かいのホームから単機のC56が勢いよく飛び出して行った。妻線仕業に佐土原へ向かったものと思われる。明るくなって構内外れに来るともう1輛のC56が入換をしていて、この時宮崎機関区は2輛のC56が配置されていた…
深夜の駅構内照明塔の下、機関車の連結を待つコンテナ編成が中線に置かれていた。これまで見てきたコンテナ車のイメージは5トンコンテナ5個積載であったが、いつ頃からか4個積みを見るようになってコンテナの規格もサイズが大きくなったものと思われる。この…
ミムの「ミ」は文字通り水の「ミ」で、ミム100は水を運ぶ水運車であった。D60を撮った際、湯平の側線にぽつんと1輛置かれていたのでカメラを向けていた。全景を撮ったつもりが左側は光が入って白くなってしまった。 ロミム203 形式ミム100 湯平駅常備 久大本…
別府湾の濃霧が漂う築堤に機影を見せたのは、貨物列車に客車1輛をつないだ、まるで準混合列車のような編成であった。当時日豊本線直見~直川間ひと駅だけ、貨物列車に客車1輛をつないだ営業列車が設定されていた(4592レ)。これは回送であるがその光景を彷彿…
臨海工業地帯の背後地、大分平野の水田地帯で本線下り貨物列車を見送る。南延岡のD51222はグレイのロングタンク車、クリーム色のホッパ車、とび色のワム以外は黒一色の貨車ばかり23輛の編成を従えていた。 1593レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/8 D51222〔延…