転轍器

古き良き時代の鉄道情景

貨物列車

湧網線

湧網線は湧別~網走間94.7㎞のローカル線で旅客6.5往復、貨物1往復が設定され、遠軽機関区の9600とキハ22が運用されていた。1991列車は中湧別12:10発、網走16:20着のダイヤで湧網線を約6時間かけて走っていた。夕陽さす網走西部はずれの場内信号機脇を49699…

網走西部3線区間

網走西部呼人寄は3本の線路が並んでいた。手前から湧網線、石北本線、そしてC58のいる線は当時は引上線と思っていた。後にこの3本めの線は、「国鉄全駅各駅停車①北海道690駅(小学館/昭和58年刊)」に記載された線路配線図から浜網走貨物駅への出入線というこ…

タキ14800

タンク車の列に1輛だけ背が高くタンク体が太い威容を誇る車に目が止まる。「カプロラクタム」という聞いたこともない名前の物体はナイロンの原料ということらしい。車体標記の「90」は化成品分類番号で、積荷の性質を表すために標記が義務付けられている。 …

憧れの東行鮮魚特急

最強機関車EF66が牽く「門」の管理局標記の入ったレサ10000編成は憧れの的であった。かつて趣味誌に載ったカツミ模型店の広告は「あなたの鉄道にもフレートライナーを」のキャッチコピーでEF66と10000系冷蔵車とコンテナ車が紹介されていた。模型でしか知ら…

タキ5750

かつて無造作に撮ったタンク車で形式タキ5750の写真が2枚出てきた。車体標記の濃硫酸はどのような用途があるのか「プロフェッサー吉岡の私有貨車セミナー(レイルマガジン連載)」で確認すると、肥料・繊維・紙パルプ・食品・金属精錬等に使用されるとのこと…

鉄製有蓋車

蒸機時代、テ、テム等の名前を持つ貨車はよく見かけていた。一番よく見るワムと違って、屋根と側板に継ぎ目のない形が何とも独特な雰囲気を醸し出していた。側扉はX補強のリブ、妻面は丸屋根に縦2本のリブが表情を作って愛らしい貨車といった印象がある。バ…

タム400

タム10410 形式タム400 同和鉱業株式会社 濃硫酸専用 侵(禁水)84 南岡山駅常備 臨時常備駅幸崎 幸崎 S60(1985)/8 模型のような2軸のタンク車タム400は、タンク体の形状やドームの有無など豊富なバラエティがあるようだ。タム10410は上回りの手摺りの高さに…

タキ5450

黄色いタンク車、タキ5450は黒い貨物列車の中でとても目立つ存在で、また魅力多いタンク車であった。模型メーカーで製品化され精密モデルが発売されてはいるが、残念ながら高価格で自分の物にはできていない。黄色の塗色は毒性の強い塩素が積荷のため高圧ガ…

西大分ヤード

①駅前の広場から見た西大分駅本屋。民営化になったばかりで国鉄時代の面影が漂っている。西大分は単純な旅客駅ではなくコンテナ取扱駅なので、その構内配線に興味を奪われる。1面2線の旅客線と1面3線のコンテナ取扱設備、そして3線の留置線はコンパクトで模…

門司〜小倉間偶然の併走

数十年ぶりに門司駅に降り立った。この位置からはEF30重連回送やDD51牽引のホキ編成が眼前を通過する懐かしい光景が蘇ってくる。下り電車を待っていると関門トンネルから長いコンテナ編成が姿を現した。 門司 H30(2018)/1 多種多様なコンテナがリズミカ…

カラーフィルム

踏切を通り過ぎる貨物列車を見送っていたある日、いつもの黒い貨車の列の最後尾に色の違う車掌車が付いていたのに驚く。黒く煤けてはいたがその色は薄緑色だったのをはっきりと覚えている。花形のコンテナ特急の車掌車もローカルに格落ちしたことを実感した…

久大本線上り貨物列車

久大本線上り、西行の貨物列車の編成に木材を積んだトキ25000の姿があった。始発駅を出たばかりなのでこのトキ25000は、豊肥本線下りからか、もしくは日豊本線上りからの継走なのであろうか。久大本線東側の貨物輸送はわずかばかりであった。 D6062〔大〕の…

木材輸送

日田地域は阿蘇、九重山系から流れる大山川や玖珠川が三隈川に合流し筑後川となって有明海に注ぐ川の道があった。かつて、日田地域で産出される木材は筏に組んで筑後川を流す「筏流し」が行われていたと聞く。筑豊の石炭を鉄道開通まで遠賀川で川艜と呼ばれ…

豊後三芳

過日、昭和30年代に豊後三芳駅近くに住んでいたFさんから当時の駅の様子の話を聞く機会があった。昭和30年代は鉄道貨物輸送の全盛期、林業王国日田地域で産出される木材の輸送を久大本線が請け負っていた。当時の豊後三芳駅は今と同じ1線スルーの配線で、日…

東海道本線

EH10は長編成の貨物列車の先頭に立って東海道・山陽筋の輸送を担う第一人者と思っていた。京浜工業地帯の線路端で遭遇したEH10の貨物列車は何と短編成、コキ×3+コキフの模型のような楽しい編成であった。積載のコンテナは「戸口から戸口へ」の旧タイプ…

七尾線

能登半島を縦断するローカル線は津幡〜輪島間107.9㎞の七尾線と穴水〜蛸島間61.1㎞の能登線である。北陸のローカル線はどの線も貨物輸送が盛んであった印象がある。牽引機はDE101532で、定かではないが敦賀第一機関区配置と思われ、金沢運転所にもDE10配…

山手貨物線

代々木付近の山手貨物線は電車線の築堤より低い位置を通る。茶色い機関車の牽く貨物列車が来ないかと踏切で待っていたら、やって来たのは新形のEF651000番台のタンカー編成だった。この先中央本線をアンダークロスして新宿構内へ入る。この位置に設置され…

6000番台の不定期貨物列車

久大本線の貨物列車は豊後森、日田以西では混合列車を含めて数往復、大分口では2往復が設定されていた。その2往復のうち1往復は列車番号6000番台の不定期列車で、来るか、来ないか運だめしの貨物列車でもあった。不定期貨物は豊後森〜大分間の設定で九州の西…

山手貨物線

首都圏のEF10は東京と新鶴見に配置され、EF12・13・15と共通運用されていた。EF10はEF53のような角形やEF56のような丸形車体があり形態のバラエティがあった。EF1028〔東〕は昭和36年まで関門間で活躍し、その時のナンバーが数輛東京機関区に配…

石炭積込場から

田川線勾金駅の石炭積込場の高い位置から構内を見る。駅付近にはいくつかの炭鉱がありダンプカー等でここから石炭車に積込んでいたものと思われる。構内は幹線並みの線路配置で有効長も長い。後方は飯岳山。 伊田寄りを望む。石炭積込線にセラが3輛置かれて…

貨車の車票

かつて撮った石炭車の写真を見ていたら車票が写っていたのに気づく。PCで拡大してみるとおぼろげではあるがかろうじて読める文字が浮かびあがってきた。判読できた文字は「セラ2259」、「第二豊州炭鉱」、「九電」、「上戸畑」でこれらをつなぎあわせて鉄…

苅田港

9600がホキやセキを連ねた石灰石輸送の田川線に赴いたのはこの写真の撮影時から10年以上も前のことだ。当時は後藤寺線船尾で採掘される石灰石を鉱石のまま後藤寺、伊田経由で苅田港へ運ばれていた。時は経過し輸送形態はタキ1900にセメント積載で、経路は香…

チキ3165

チキ3000は長物車と呼ばれ、貨物列車の編成でよく見かけた形式である。積荷は決まって木材が多かったが、電柱やくい、鋼板、レールなどもあった。珍しいところではバスや戦車が積まれていたのも見たことがある。側面の柵柱は8本立つが左右アンバランスにレ…

物資別適合輸送

物資別適合輸送とは石炭や石灰石など積荷に合せた専用貨車を仕立てて積出駅から操車場を経由せずに直送する輸送形態である。九州西側では石炭・石灰石・セメント・自動車・鮮魚等の専用列車が多く設定されていた。東九州の輸送力の小さい亜幹線では肥料・石…

梅田貨物駅

新大阪から東海道下り緩行線に乗って車窓を観察すると、3本の複線が通っていることがわかる。淀川に3列のトラスが架かっていて川を渡り終えると1本の複線は車窓から遠ざかって行き、大阪構内へは複々線で入って行く。あの線はどこへ行くのだろうかと疑問を抱…

小丸川橋梁

九州の鉄橋ベスト10を列挙すると、①小丸川(806m/日豊本線)②球磨川(528m/鹿児島本線)③一ツ瀬川(516m/日豊本線)④五ヶ瀬川(506m/日豊本線)⑤筑後川(505m/佐賀線)⑥耳川(453m/日豊本線)⑦大淀川(437m/日豊本線)⑧綱ノ瀬川(418m/高千穂線)⑨番匠川(40…