転轍器

古き良き時代の鉄道情景

鎮西橋の電車通り 西鉄北九州本線

鎮西橋電停は併用軌道の国道3号線が県道に変わる地点で、国道3号線は関門トンネルに向かって右にそれ国道2号線と名前も変わる。電停位置に関門橋と中国自動車道への案内標識が建っていた。方向幕「門司」を掲げた615が鎮西橋で信号待ちをしている。はて、こ…

門司駅前 西鉄北九州本線

145は戦前製らしく前面は傾斜のついたいわゆる流線形のスタイルであった。以前の塗装の上回りクリーム、下回りオレンジの塗分けの時に会ってみたかった。方向幕は「幸町⇒門司」が掲出され、戸畑線で大門もしくは枝光線から中央町経由で来たものと思われる。…

手向山トンネル 西鉄北九州本線

所用で国道3号線を本州へと向かっていた。併用軌道の電車を気にかけながら、進行左側は鹿児島本線のヤードが続き、複雑な鉄道地帯のまっただ中に居るようで快適なドライブを楽しんでいた。路面電車のトンネルが珍しかったからか、車を停めてスナップしていた…

D5179

夕刻の上り門司(操)行貨物は2軸やボギーの不規則なジョイント音が延々と続く長い編成でD5179〔延〕が引っ張って来た。南延岡区のD51は昭和44年3月時点で14輌が配置され、その内9・12・79・93の4輌がなめくじであった。走行するD5179〔延〕はこの時一度…

西唐津

「西唐津」と「東唐津」は行きたい所ではあったが、非電化時代を見ることはかなわなかった。松浦川対岸に位置したかつての東唐津は「ヒカラ」3文字の標記が珍しい気動車区が置かれ、唐津湾に面した西唐津には煉瓦の3線矩形庫のあるキュウロクの基地があった…

D51482

見慣れたD5112〔延〕の隣りに現れたD51482はこの年の5月に熊本機関区から来た新参者であった。南延岡機関区のD51はオリジナルナンバーの廃車で他所からの転入車でメンバーチェンジが進んでいた。昭和47年夏の時点で9輌の廃車(79・93・341・880・949・1035・1…

上臼杵 717系200番台

上臼杵は臼杵川を渡ってR362の左曲線上に駅がある。国道のバイパスができたので少し高い位置からカーブした駅を俯瞰ぎみに見ることができた。地方都市のどこでも見られる中心駅近くは錆びれて新たな繁華街は郊外に広がる光景はここ臼杵でも同様で、市中心の…

デワ3041 昭和55年

その後のデワ3041の写真が早速東京都線路端さんから届いた。塗装が明るくなってあの五反田で見た車輌と同じであろうかと驚く。青ガエル5000系のさよなら運転を撮る際に偶然遭遇したとのこと。鉄道ファンNo.250(昭和57年2月号)掲載の「ショートヒストリー東…

デワ3041 昭和49年

日頃移動の足となる電車にカメラを向けることはなかったが、得体の知れない電車が入っていたのでとりあえず撮ったのがこの写真。池上線のグリーンとは違った、それよりも濃いグリーンの塗装といかにも古めかしい車体で印象に残っている。この車輌のことは随…

マニ44新製回送

EF58142〔宮〕が落成したばかりのマニ44を、しかもオールマニ44というきれいな編成を牽いて西へ向かっている。昭和53年10月改正は荷物輸送近代化の旗印としてパレット積荷物客車マニ44が投入されている。それと呼応するこの新製回送の記録は千載一遇の機会で…

マニ44

マニ44はパレット積荷物車のスニ41を20m級に伸ばし、高速貨車ワキ10000の外観を備えたような新鮮な印象があった。妻面は三角屋根の折妻風で貫通扉は無く、小さなくぐり戸が独特である。屋根はガーランドベンチレーターが配置され、乗務員室側の押込形通風器…

大分運転所 昭和47年6月11日

給炭線から転車台にかけてのSLゾーンは昭和47年5月31日をもって豊肥本線と下郡回送列車の無煙化が完了しC58と8620は姿を消してしまった。日豊本線佐伯往復の旅客列車もDL化され、蒸機で残るは日豊本線貨物運用だけで南延岡のD51が姿を見せるだけとなっていた…

D511032とD519の発電機

蒸機基地で撮った写真はどれも形式写真風の頭から尻尾まで収まった紋切形ばかりであるが、中には何を撮りたかったのか理解に苦しむ部分写真も存在していた。今振り返って見ると、同じD51でもキャブ右サイドの装備はそれぞれ個性があることに気づく。 D5110…

高鍋

早朝、夜行急行“みやざき”を高鍋で下車。憧れのハドソンC61の牽く貨物・旅客列車を撮ることはできたが、露出不足と突然の降雨で残念な釣果となった。高鍋を後にする時にやって来たのはこの日初めて会うC57であった。C57199〔宮〕は大分電化で南進した元大…

下関9番線23時07分から5分間の記憶

門司から潜った海底トンネルを抜けだして下関に着いたブルートレインは停車時間たったの5分で機関車交替が行われる。EF81303〔門〕のステンレスの車体は構内の照明が反射して鈍く光っていた。スタンバイする機関車連結開放のスタッフが写っていた。 下関 S58…

豊州路の汽車電車

新緑まぶしい由布岳を背景に別府発博多行“由布4号”が紫煙をあげて通り過ぎる。久大本線伝統の急行“由布”も撮影時は4輌編成に短縮されていた。 604D 久大本線野矢~由布院 S61(1986)/ DE10の牽く豊後森発大分行50系客車は、由布院盆地の谷間から大分川に沿っ…

西武池袋線石神井公園

数年ぶりに訪れた石神井公園駅で池袋行の電車を待っていた。同行者といっしょに会話しながらの歩行で駅構内での撮影は遠慮していた。“レッドアロー特急ちちぶ”が一瞬のうちに通過、咄嗟にバッグからカメラを取り出して後追いを撮ったのが石神井公園でのただ1…

伊予鉄道松山市内線

松山市の中心部、松山市駅前のロータリーに出ると、柑橘王国愛媛を象徴するオレンジとベージュのツートンカラーの路面電車が行き交っていた。新旧さまざまなタイプがやって来ては出て行く様は見ていて飽きることはなかった。 モハ50形モハ51 昭和26年登場の…

世田谷線

東急世田谷線は三軒茶屋と下高井戸を結ぶ5.1kmの路線で全線専用軌道である。元は東急玉川線の一部で他都市と同様モータリゼーションの洗礼を受けて地下鉄化で廃止、専用軌道のルートだけ存置されて世田谷線となった経緯がある。「三軒茶屋⇔下高井戸」のサボ…

津久見越え

臼杵湾と津久見湾の間につき出した長目半島を横断するのが津久見越えである。鉄道建設時は『地勢嶮峻、山腹絶壁を開き懸崖を渉り』と、これ以上の表現がないような難工事区間であったと「九州の鉄道100年(産業図書)」に記されている。道路は臼津峠(旧道は…

鹿児島電化 昭和45年10月1日

昭和45年10月1日、鹿児島本線熊本(操)~鹿児島間200.6kmの電化が完成し、鹿児島本線全線の電化が完了した。これで青森から鹿児島までが電化でつながることとなり、鹿児島鉄道管理局は「熊本~鹿児島電化記念・日本縦貫電化完成」と「さようなら蒸気機関車…

昭和45年10月改正 記念切符

昭和45年10月1日ダイヤ改正は次のような事柄が趣味誌で採り上げられていた。・鹿児島本線電化完成 C60・C61全機廃車・呉線電化改正 C62北海道転属・中村線全通・新快速登場 京都~西明石間・高島線電化完成 D51791お別れ運転・八高線・足尾線 無煙化・新潟臨…

門司港駅 昭和49年

優雅な建築の駅舎の改札口を入るとそこは九州各地へ向かう列車が並び、車輌基地や貨物ヤードの広がる魅惑の鉄道風景が展開していた。 下関から関門渡船で九州に上陸すると威風堂々の門司港駅本屋がそびえていた。“門司”の響きはすなわち鉄道の要衝、門鉄の威…

折尾

蒸機の聖地、筑豊の入口はここ「折尾駅」。2階の鹿児島本線ホームから地平の筑豊本線乗場に下りると上の賑やかさとはうって変わって静かなたたずまいの中、独特のデフを装備したC5552〔若〕の牽く原田発若松行の10輌はつないでいるであろう長い編成が待って…

冷水峠

昭和44年3月時点で若松機関区のC55は7輌(3・19・46・51・52・53・57)が在籍し、筑豊本線と上山田線の客車運用に就いていた。45年以降はC57との置換えが始まり、新庄からのC57170、大分からのC5753、豊岡からのC5752が全検期限まで使われた。47年3月最後の2…

豊後竹田駐泊と豊後荻折返し運用について

昭和39年3月に豊肥本線はDC化が実施され、以後客車列車は熊本~宮地間に1往復、大分~豊後竹田間2往復が残るだけとなっていた。大分口朝夕2往復の客車列車は時刻表を見ると豊後荻の運用もあって豊後竹田~豊後荻間はC58が逆行運転となる場面があったと思われ…

2棟の扇形庫 大分運転所

転車台から美しく放射状に広がる線路が俯瞰できるこの位置は電気機関車検修庫の外階段である。電気機関車検修庫が建つ位置は大正元年竣工のコンクリート製扇形庫が鎮座していた。大分電化の際に取り壊されて残念ながら転車台をはさんで2棟の扇形庫が建つ光景…

豊後竹田 その後

赤坂トンネルを飛び出して来た豊後竹田行2輌編成。軽快気動車と呼ばれたキハ31は民営化直前に登場し、短い車体と2列と1列の座席配置、出入り口の折り戸等はまさにレールバスの姿であった。この時転轍小屋はまだ残っていた。 豊後竹田 H8(1996)/5 駅裏の通り…

豊後竹田

豊後竹田6:57着7:02発上り列車の車内から駅の様子を眺める。構内で夜を明かした下り列車3本はすでに発車した後で留置線に車輌の姿はない。この春の改正までは2台のC58が駐泊していた。駅名標のとなりに建つ名所案内には岡城跡、長湯温泉、祖母山、大船山、久…

豊州路の汽車電車

三重町2面3線の上下本線と副本線は列車で埋まり賑わいをみせている。後方の貨物上屋や隣接する規模の大きい農業倉庫はかつての貨物輸送の隆盛を見るようだ。駅長が立つ上り1番線は別府発三角行704D“火の山4号”、下り2番線は熊本発別府行701D“火の山1号”、そ…