転轍器

古き良き時代の鉄道情景

大分運転所 昭和47年2月11日

昭和47年3月ダイヤ改正の概要は新幹線と在来線接続の変更、特急列車増発、無煙化用DL新製等が列挙されていた。無煙化計画はDE10の投入で青森地区・盛岡・大舘・秋田操・新津・坂町・福井・敦賀・大垣・木津・亀山・舞鶴地区・和田山・大分の入換および小運転…

九州横断線冬景色

阿蘇谷を訪れた翌朝は辺りがうっすらと雪化粧し、平地暮らしではお目にかからない光景に浮かれおぼつかない足取りで線路端に出た。ちょうど朝の列車がタイフォンを鳴らしてやって来るところだった。 726D 豊肥本線立野~赤水 S61(1986)/1/18 編成はキハ58+…

広島電鉄3000形

月刊の鉄道雑誌は気に入った記事があれば購入し、その部分を読めばあとは本棚の飾りとなりよほどのことがなければ再び開くということは希である。最近になって路面電車の事を調べるのにバックナンバーを漁っていたら思わず広島電鉄の3000形に目が止まった。…

熊本市交通局 水前寺駅通

ドライブ旅行で通った熊本市内。市電の通る景色に無視できずそこここでスナップはしたものの、その後ネガに光が通ることなくデジタル時代の今日までネガ袋で眠ったままとなっていた。撮っただけでその後の整理もなされていないので撮影場所の特定に手を焼く…

熊本市交通局 辛島町・花畑町界隈

辛島町は熊本駅から北東へ約1キロ半、中心繁華街へ向かうサンロード新市街の入口に位置する。近くには市内交通と九州各地を結ぶ高速バスの一大ターミナル、熊本交通センターがある。熊本城最寄りの花畑町は以前は熊本城前と呼ばれていた。 1090形1095 辛島町…

上熊本駅前スケッチ

上熊本は九州鉄道の時代、明治24年の開業で長い歴史を持つ。当初は池田停車場と呼ばれ後に上熊本に改称され、夏目漱石ゆかりの駅でもある。大正ロマン漂う風格に満ちた駅舎は熊本の北の玄関口として重要な地位を物語っている。松本清張の映画「霧の旗」は主…

鉄道シーンがうかぶ思い出の歌

私の鉄道写真は車輌を記録するのが主で叙情的な描写は苦手と思える。昭和51年に発表した西島三重子の「池上線」は歌詞の沿線描写がすばらしく心をわしづかみにされた。いつもの決まりきった電車の構図から離れ、「商店街を通り抜け踏切渡った時♪」の曲に酔い…

西千葉

「西千葉」と聞くと気動車王国千葉県、千葉気動車区、コルゲート板を纏ったキハ35等が思い浮かぶ。千葉気動車区が見えるのではないかと立寄ったのかもしれない。気動車王国は既に過去の話となっていた。気動車区はこの当時、加古川・岡山・松山・徳島・直方…

はりまや通りで見た個性的な電車たち

高知市といの町、南国市を結ぶ路面電車はかつて土佐電気鉄道と呼ばれていた。昔日の鉄道好きはこの名称が頭に刻まれていたが、平成26(2014)年に高知県内の軌道・バス事業が統合し“とさでん交通”に再編された。電車もバスも以前の塗装から新しいカラーまで多…

高城秋景色

昭和47年秋、高城駅で下り寝台急行“日南2号”と上り貨物列車の交換を撮っていた。写った列車のことを趣味誌や時刻表、WEBページで調べてみると当時は何も思わなかった、知らなかった事柄があぶり出されてアルバムの整理・編集は楽しいものだ。 D5146〔延〕の…

大分運転所一般公開 昭和47年

昭和47年は春の「ひかりは西へ」のキャッチフレーズも懐かしい新幹線岡山開業と、秋の鉄道開通100年のエポックメイキングな年であった。SLブームが盛り上がったこの時代は「鉄道」が一般社会からも注目を集め始めた時かもしれない。動力車の現場に一般人が立…

おとぎ号 日本童話祭

日本のアンデルセンといわれた久留島武彦は大分県玖珠町出身で、久大本線豊後森駅が位置する玖珠盆地はメルヘン調のテーブルの形をした山々に囲まれて玖珠町は「童話の里」と呼ばれている。童話作家久留島武彦の功績をたたえ、昭和25年から毎年5月5日のこど…

京浜急行新馬場駅開業の頃

前記事「京浜急行高架化完成新馬場駅開業記念によせて」に関連して東京都の線路端さんから旧駅の北馬場駅・南馬場駅、新馬場駅の写真をいただく。地上駅時代の高架工事の様子がよくわかり、新駅しか知らない私は思わず唸ってしまう変遷の記録であった。 前出…

京浜急行高架化完成新馬場駅開業記念によせて

残念ながら京浜急行の車輌は撮っていない。国鉄線撮影の際にカメラを向けた唯1枚のスナップが残っているだけだ。今振り返ると何故撮らなかったのか後悔の念に苛まれている。 品川~北品川 S49(1974)/10/17 何故か「高架化完成新馬場駅開業記念」の記念入場券…

さようなら宮原線号 大分舞鶴高校34回生文化祭

宮原線廃止まであと1ヶ月となった昭和59年11月は奇しくも豊後森機関区開設50周年の月であった。50周年の式典に備えて再塗装されてきれいになったキハ0741の写真を撮り終えて、さあ次の列車までどう時間を潰そうかと思案していた矢先にヘッドマークを掲げた…

宝泉寺

九重連山の西側、大分県と熊本県の境に標高1500mの涌蓋山がそびえている。地熱地帯のふもとに展開する温泉郷のひとつ、宝泉寺温泉は町田川の渓間に位置する。久大本線恵良から線路が伸びて来たのは昭和12年。太平洋戦争の金属供出で一時営業停止となるが昭和…

さようなら別大電車

別大電車の最終日、昭和47年4月4日付の大分合同新聞朝刊見開き2ページの茶色く色あせた切り抜きを大切にしまっていた。明治40年代の単車と当時の車掌さん、現在の1100形連接車と新川車庫前での運転士、車掌さんたちの集合写真があしらわれていた。桜満開であ…

思い出の風景 大分交通別大線

私が出会った路面電車の書籍は各地で撮影された写真はもちろんであるが、巻頭のプロローグで語られた言葉に読む人それぞれの思い出や忘れえぬ情景が浮かんでくるのではないかと魅了される。「わが心の路面電車」(小林茂著/プレスアイゼンバーン/平成1年6月…

両郡橋 大分交通別大線

「〇〇橋」のような橋が付く名前の駅名や電停名を聞くと、その土地の成り立ちや地理、歴史が込められているような不思議な魅力を感じる。東京は浅草橋、水道橋、飯田橋等、大阪では淀屋橋、心斎橋、芦原橋等が浮かぶ。九州での軌道線で巡ると北九州ー鎮西橋…

田ノ浦近く 大分交通別大線

「72年間のご利用ありがとうございました」のお別れ装飾を施した150形158は田ノ浦を出て巨大な松がそびえる下、ゆるやかな左カーブを行く。かんたん~両郡橋間の単線区は白木・田ノ浦・別院前の停留所が設けられ、交換設備は仏崎離合所と別院前の2箇所であっ…

難所仏崎を行く 大分交通別大線

別府湾に沿った海岸線を通るルートは昔より海につき出た岬をいくつも回り、特に仏崎の海岸は断崖絶壁が屹立する交通の難所であった。 仏崎の岬は迫る山と海に挟まれたわずかな間隙に道路と軌道が通る。国鉄線は海岸線を避けて仏崎トンネルで難関を越える。別…

白木海岸 大分交通別大線

往年の紳士淑女に「かつて別大電車に乗ったことありますか?」とたずねると大概の人が「白木の海水浴場に行く時に乗った!」の返事が返ってくる。撮影時は海岸線の所々に松の木がまだ健在であった。 白木トンネルの上から別府湾大分方向を望む。オールドタイ…

高崎山別院前 大分交通別大線

不等辺三角形の形をした標高628mの高崎山は別府湾につき出るようにそびえている。猿で有名な高崎山自然動物園の最寄りに別大電車の別院前停留所が設けられている。昭和28年3月、猿の餌付けに成功して開園、さつまいもを求めて猿が餌場に出るようになり国内…

大分交通別大線

別大線の電車は豊州電気鉄道が九州では初めて、日本では5番目の明治33年に5月に別府(南町)~大分(堀川)間が開通し、35年4月南新地(竹町入口)まで延伸した。明治39年1月豊後電気鉄道、大正5年4月九州水力電気となった後の大正6年7月に外堀まで、8年2月…

昭和通り交差点から 大分交通別大線

昭和47年4月4日、72年間走り続けた別大電車が最後の日を迎えた。新幹線が岡山まで開通して半月、豊肥本線のC58旅客がDE10にバトンを渡して半月の時であった。私にとって別大電車はいわばバス的な存在で、興味の対象はやがて消えゆく蒸気機関車が最優先であっ…

名残りの583系“彗星”

日豊本線幸崎電化の昭和42年10月に特急“みどり”として華々しくデビューした581系は、その後50Hz・60Hz共用の583系となり全国各地で活躍するようになる。日豊本線を走ったのは1年だけであったが、新幹線博多開業の50年3月、今度は本領発揮の寝台特急としてカ…

津久見湾を望む

日豊本線を走る583系は昭和43年10月までの特急“みどり”(この時は581系)以来で、寝台特急“彗星”は50年3月、昼行特急“にちりん”は55年10月に復活した。485系中心の“にちりん”の中で2往復の583系は異彩を放っていたが、昭和59年2月改正は鹿児島・日豊特急が48…

D60の残留について

昭和45年10月ダイヤ改正は久大本線DL化達成で大分運転所のD60は新製DE101000番台車に置き換わる日であった。9月はD60の最後を記録しようと足しげく通うもののDE10が先頭でD60の顔は運転所に行かないと撮れなかった。D6065〔大〕は機関車線突端の停止位置から…

スユ16

何気なく撮ったピカピカの郵便車のことを調べてみた。後位側妻面の標記で形式はスユ16とわかる。「荷物車・郵便車の世界ー昭和50年代のマニ・オユの記録ー」(クリエイティブモア刊)によると、スユ16は2000番台と2200番台がありスユ162201~2204の4輌は昭和…

トラ90000

貨物列車でよく見かけたチップ積の無がい車。でも意外と写真は撮っていない。唯一のこのカットは残念ながら下回りが写っていない。偶然見かけたライトグリーンのケージにチップを満載したトラに思わずカメラを向けたものと思われる。チップは紙の原料となり…