転轍器

古き良き時代の鉄道情景

高千穂51号と高千穂52号

昭和47年夏期の本州対宮崎方面の臨時列車は以下の3往復が運転されていた。(1)単独列車/名古屋~都城間/下り“高千穂51号”上り“高千穂52号”(2)併結列車/名古屋~八代・宮崎間/下り“くまもと・高千穂52号”上り“くまもと・高千穂51号”(3)併結列車/新大阪・岡山~…

宮崎構内入換風景

駅北側の跨線橋から活気ある構内を見物する。貨物ヤード・駅・機関区・客車ヤードが一望できた。手前の貨車が雑然と並ぶさまはさしずめ貨物荷捌き所と呼べるような時代を感じる旧態な風景に見える。C56が忙しそうに入換に励んでいる。 宮崎 S47(1972)/1/5 形…

関門トンネルを通る

関門トンネルを通る機会に恵まれ列車の最後部から前面ならぬ後方展望を楽しんだ。まずは関門トンネルから出てきたEF30重連の上り貨物列車と会う。下り本線4番線から見るEF30重連は、構内外れの上り貨物10番線から上り本線9番線に渡って進んでいるようだ。 下…

下関 昭和54年2月

門司(操)からの貨物列車が幡生(操)へと下関構内を通過する。関門専用の機関車はEF302〔門〕+EF3015〔門〕の重連であった。下関は3面6線のホームで番線表示は3番から9番まで振られ、旅客線外側に下り貨物線1番線、上り貨物線10番線が通っていた。一番右は下…

コンテナ車いろいろ

深夜の駅構内照明塔の下、機関車の連結を待つコンテナ編成が中線に置かれていた。これまで見てきたコンテナ車のイメージは5トンコンテナ5個積載であったが、いつ頃からか4個積みを見るようになってコンテナの規格もサイズが大きくなったものと思われる。この…

ミム100

ミムの「ミ」は文字通り水の「ミ」で、ミム100は水を運ぶ水運車であった。D60を撮った際、湯平の側線にぽつんと1輛置かれていたのでカメラを向けていた。全景を撮ったつもりが左側は光が入って白くなってしまった。 ロミム203 形式ミム100 湯平駅常備 久大本…

南延岡機関区D51形式配置状況の変遷

九州東側、日豊本線にD51が入って来たのは西側に遅れること12年後であった。昭和23年6月、九州管内各基地の運用合理化で捻出された6輛が日豊本線用に振り向けられ、大分に6、南延岡に4輛が配備され、ここに日豊本線ミカド機の歴史が始まった。南延岡機関区の…

D51 九州初上陸の3輛

昭和11年から20年にかけて1115輛もの多きが製造されたD51は、1~85、91~100までの95輛は“なめくじ”と呼ばれた半流線形で登場している。昭和11年に落成した最初の23輛の内の3輛ー8・9・10ーは海を渡って九州に初上陸した、その後の展開に先鞭をつける、記念…

D51と出会った日々 日豊本線のD51/昭和44年~49年

汽車の写真を撮り始めた昭和44年は、日豊本線はC57とD51が、豊肥本線はC58と9600が、久大本線はD60と8620が本線上を闊歩していた。この年に初めて見るDE10と出会って以来、動力近代化の波はあっという間に押し寄せ、昭和46年にD60が、47年にC57・C58・9600…

D5146

扇形庫のピットで整備中の46号機。はみ出したナンバープレート横の取付け穴はタブレットキャッチャーの跡だろうか。そのままナンバープレートを動かせばぴったり収まるように見えるが。キャブ下の機械美に魅了される。 南延岡機関区 S47(1972)/12/29 右サイ…

D51714

D51714〔延〕を跨線橋から見る。キャブの前扉は解放して走っている。ランボードの白線は前寄りだけ残ってサイドは消えている。ドーム前方のボイラ歩み板に手摺が付けられているのが珍しい。 日豊本線大分~高城 S47(1972)/8/31 D51714を手持ちの配置表で探す…

D51176

昭和45年10月の鹿児島本線全線電化で熊本のD51が3輛南延岡へ移動している。D51176はその先陣をきって昭和45年10月に来て日豊本線の罐となった(222は昭和46年5月、482は昭和47年5月)。昭和32年、36年、41年の配置表を見るとこれら3輛は何れも熊本に記載されて…

大井町 東京タワーの見える景色

東京では東京タワーの景色など当たり前であろうが、自分の撮った写真の後方にたまたま写っていたのは驚きであった。当時は東京タワーの存在の意識すらなく、往来するブルートレインや電車群を追いかけただけ、構図を考えるゆとりすらなかった。東京タワーが…

京浜東北線大井町

夕方のラッシュが始まる京浜東北線の大井町駅。国電の駅風景は私鉄沿線とはまたちがった雰囲気がある。北行は「大宮」、南行は「大船」を掲げたスカイブルーの103系が並んでいた。複々線の線路を跨ぐ陸橋を支える煉瓦積みの橋台や掘割の壁の造りは歴史の重み…

南延岡のD51 異国からの使者6人

昭和47年10月は白新線と羽越本線の電化開業で日本海縦貫線全線の電化が完成した。奥羽本線無煙化も相まって秋田機関区と横手機関区のD51が、需給関係がひっ迫する南延岡機関区にやって来ることとなった。この年の12月、これら「異国からの使者」を大分運転所…

暁の宗太郎峠 571レ

まだ夜が明けやらぬうちに通り過ぎて行った551レの数十分後、2本めの571レを待つ。朝日が昇ってやや明るくはなったが線路は依然として山影の中、山裾を這う煙を追いかけながら国道脇の足場から俯瞰し、列車の動きと風で流される煙のタイミングを見定めながら…

暁の宗太郎峠 551レ

日豊本線の難所、宗太郎峠をめざしたのはすでに電化のポールが建ってしまった昭和47年の暮れであった。501レ急行“みやざき”を佐伯で下車。宗太郎峠をめざす下り一番列車列車はD51牽引の客車2輛とその後に貨車を従えた、その名も混1553レを名乗る混合列車で、…

佐伯 午前3時

午前3時ちょうど、夜行急行“みやざき”を佐伯で下車。DF50の牽く寝台車3輛を含む10輛編成は最後部はホームにかからなかったような気がする。長い編成が慌ただしく発車した後、絞りと露光時間などわからないまま暗い構内を撮影した。 日豊本線佐伯 S47(1972)/1…

南延岡のD51 前面3枚の架線注意標識を持つナンバー

昭和44年3月現在、南延岡機関区のD51は次の14輛(9・12・79・93・341・485・880・949・1032・1035・1036・1081・1141・1142)が配置されていた。これらのナンバーは私が初めて接した南延岡のD51で、昭和45年に始まる他区からのメンバーチェンジ以前の、いわ…

D51567

D51567〔延〕の特ちょうは何といってもひと回り大きめのナンバープレートであろう。プレートに合せて数字書体も大きく見える。数字配置はDと51の間に間隔があるが、形式51と機番567の間には無いのがおもしろい。見慣れたナンバープレートはDと51、51と機番〇…

門鉄デフのD51

D51949〔延〕 大分運転所 S45(1970)/5 南延岡機関区唯一の門鉄デフ装備機D51949〔延〕を捉えていた。前機のテンダで顔が一部隠れているのが残念、ネガを見るとフィルム最終コマで前機D511142〔延〕と各1枚ずつしか撮っていなかった。給炭線にそれぞれ下り向…

津久見行593レを牽くD5112

593レ仕業の機関車はD5112〔延〕。出区前の打合せを行っている。 大分運転所 S46(1971)/8 誘導掛の案内でD5112〔延〕出区。複雑な大分構内を縦断して593レの先頭へ。機関車基地の先端からは「明日は今日にまさるよう」の安全標語が見える。 大分運転所 S46(1…

益田

山陰本線から日本海の景色を見たくて特急“まつかぜ”小倉~新大阪間の切符を用意し楽しみにしていた。乗車の前日になって西九州から日本海に抜ける台風が通過、山陰本線は寸断され“まつかぜ”乗車はかなわなかった。その後も山陰には縁遠く島根県に足を踏み入…

キハ80系“にちりん”編成の変遷 昭和43年10月~55年9月

キハ80系“にちりん”は昭和43年10月登場から電車に置き換わる昭和55年9月まで約12年間運転された。これまで編成について気にとめることもなかったが、かつて撮影したD511081の写真(転轍器2022年4月9日掲載)の後方にキハ80+キハ82が写っているのに気づき、こ…

D511081

汽車の写真撮り始めの頃は、豊肥本線や久大本線では見ることのない日豊本線のコンテナ編成が憧れの的であった。黒一色の貨物列車の中でライトグリーンのコンテナを積んだコキはとても斬新に映った。コキ車4輛で迫力はないが、それでも本線の貫禄を感じたひと…

D511142

セイタカアワダチ草の生い茂る大分電車区北側の本線をD511142〔延〕の牽く下り貨物列車が通り過ぎる。日豊本線の貨物列車は深夜帯に多く設定されているが正午前後はこの下り593レの後すぐさま上り1578レがやって来る。 日豊本線大分~高城 S44(1969)/8/12 南…

編成から外されたサハシ

昭和53年3月の車輛配置表で大分のサハシ455は18輛(1~13・15・17・19・23・25)が配置されていた。昭和53年10月改正は475系の九州島内急行編成の統一化が行われている。ビュッフェが廃止されたサハシ455は基本編成6輛化に向けて編成から外されていったものと…

ウインドウズXPのエクセル画面 車輛の動き

ウインドウズ95やウインドウズ98が登場して、それまでワープロで作成していた文書や表計算は画期的な変革を遂げるようになった。趣味のアルバムのテキストはワープロが常であったが、パーソナルコンピューターに置き換わったのはウインドウズ95、98、2000、M…

準混合列車のような貨物列車 D51361

別府湾の濃霧が漂う築堤に機影を見せたのは、貨物列車に客車1輛をつないだ、まるで準混合列車のような編成であった。当時日豊本線直見~直川間ひと駅だけ、貨物列車に客車1輛をつないだ営業列車が設定されていた(4592レ)。これは回送であるがその光景を彷彿…

D51222の牽く貨物列車

臨海工業地帯の背後地、大分平野の水田地帯で本線下り貨物列車を見送る。南延岡のD51222はグレイのロングタンク車、クリーム色のホッパ車、とび色のワム以外は黒一色の貨車ばかり23輛の編成を従えていた。 1593レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/8 D51222〔延…