転轍器

古き良き時代の鉄道情景

2017-02-01から1ヶ月間の記事一覧

吉四六-きっちょむ-

ジョイフルトレイン華やかりし頃、昭和の時代もあと少しという時、見たことのないキハ28を撮っていた。大分県の花と鳥である「豊後梅」と「めじろ」をデザインしたキハ28+キハ58はジョイフルトレイン“吉四六”として団体列車等に使われていた。その後塗色も…

サザンクロス

「パノラマライナーサザンクロス」はJR発足時、昭和62年に誕生している。牽引機も12系改造の客車の塗装に合せてED76とDE10の専用機が準備された。ED7678は前パンで北上して行った。 日豊本線西大分〜大分 H4(1992)

キハ26408

大分駅の東西には市街地を縦断する踏切があって、東は貨車入換で、西は運転所に出入りする機関車や気動車・客車入換で、いずれも名だたる開かずの踏切であった。西側の大道踏切は気動車列車の転線で遮断機が降りていた。待っている時間に通過する列車をスナ…

開かずの踏切

14年後の大道踏切。相変わらずの開かずの踏切であった。変わったのは踏切が自動化されたこと。遮断機が降りる有人の踏切から、いわゆる第一種と呼ばれる自動遮断機の踏切になっていた。道を塞ぐ列車はグレードアップされた寝台特急“富士”で12号車が通るとこ…

熊本機関区

撮影時はJR化以降なので現業機関の名称は変わってしまっているが、私の呼称は熊本機関区でないとしっくりこない。蒸機時代の訪問は機関車だけでねぐらは撮らずじまいであった。九州西側の鉄道の開通は早く、九州鉄道時代の明治24年には門司〜熊本間が開通…

49675

苅田港へ運ばれる石灰石とセメントが満載された重量列車を押して油須原に到着した49675〔後〕。補機はここで開放されしばし休んだ後、単機で後藤寺に戻る。デフ無し、化粧煙突のスタイルは重厚感がある。「架線注意」標識はフロントデッキとサンドドーム、テ…

ED7611

ED76は門司機関区配置の1〜8(昭和40年製)と、大分運転所配置の9〜26(昭和42年製)の26輛が揃っていた。大分運転所のED76は電化時投入の18輛から、その後昭和44年に27・28、45年に29・30が増備されて22輛体制となり、日豊本線と鹿児島本線は熊本まで運…

快速祖母

豊肥本線乗入れ、別府発豊後竹田行快速“祖母”が軽快なエンジン音で駆けて行った。最後尾はバス窓スタイルがうれしい熊本機関区のキハ559で、前後の55系と中間2輛の58系と車体幅の違いがよくわかる。キロ28のグリーン帯も確認できる。当時、カラーフィルムは…