転轍器

古き良き時代の鉄道情景

電車

クモヤ440

大分電車区脇を通りがかった際、少し毛色のちがう車輛が居ることに気づき近寄ってみた。遠目から南福岡電車区のクモヤ740が遠征に来ているものと思いきや、「分オイ」標記も真新しいクモヤ440であった。クモヤ440は、南福岡のクモヤ740の交流牽引車に対して…

急行“ゆのか”

“ゆのか”は博多─日田─別府─博多と九州半周する循環急行であった。日豊本線幸崎電化の1年後のヨンサントオで“ゆのか”は電車化されて運転区間は博多─小倉─大分に、久大本線部分は“由布”として博多─日田─別府に分割され、区間と愛称名が分けられた。撮影時の昭…

クハ411方向幕

大分駅7時36分、中津からの電車が到着した。この後下郡の基地に入るのに方向幕を「回送」に変える際、たまたま居合せて動く方向幕にカメラを向けた。その中に「下関」があり、前出のモハ484の書体と比べて見る。現在のは明らかに細く、まるでウインドウズの…

モハ484-258

国鉄からJRになって車輛のカラーやデザインは変革の時を迎えていた。特急形の485系はクリーム4号と赤2号の塗分けと決まっていて、このカラーリングが既成概念として焼きついていた。キハ58は、スハネ16は、クハ481はあの色と自分の中では決まっている。固…

157系

157系は好きな電車だった。クモハ157の2枚窓とキハ82にも似た塗分けとカラーリング、モハ156の2丁パンタが魅力であった。夕闇の伊豆半島を終着伊豆急下田をめざして疾走する観光特急“あまぎ3号”。昭和51年1月号の時刻表から3025M“あまぎ3号”の時刻は次の通…

懐かしいロコモデル

ロコモデルのカタログは車輛イラストが好きで通信販売で手に入れていた。サイドやフロントのイラストが満載で見るだけて楽しいものであった。旧形国電や私鉄電車などはこのイラストで知るということも多かった。ロコモデルのショーウインドウに展示されてい…

戸畑界隈

鹿児島本線下りはかつては小倉を出ると貨物駅の浜小倉、上戸畑を経て次の旅客駅は戸畑であった。昭和45年に上戸畑のヤードの片隅に新中原駅が誕生している。夕刻の戸畑界隈。西日を浴びて421系8連が行き交う。下りは荒尾行、上りは低窓車の門司港行。前面ク…

シーサスクロス

博多と宮崎・大分を結ぶL特急“にちりん”と急行“ゆのか”は小倉でスイッチバックし、進行方向を変える。鹿児島本線と日豊本線の渡りは6・7番線の間に設けられたシーサスクロスが役目を果たしている。4面8線の小倉構内は複雑な線路配線で、下り方の引上げ線も…

715系

あの名車581・583系が信じられない姿に変わりはてていた。下り方の先頭車は種車のままであるが、反対側は「食パン」の異名通りの切妻スタイルで、とても好きにはなれなかった。 長崎本線鳥栖 H5(1993)/3

山陽本線

懐古趣味の私としては山陽本線の電車といえばかつての国鉄時代、前面2枚や3枚窓の80系電車が走っていたあの頃で止まっている。JR時代になってからは鉄道にカメラを向けることは希になっていたが、所用で山口県に行った際にカラフルな車輛達に目を奪われて…

根岸線

鉄道ファン昭和46年7月号(№123)のニューススクラップに根岸線の記事を見つける。以下記事抜粋。「根岸線洋光台〜大船間約8.1kmの建設工事は鉄道建設公団の担当で急ピッチに進められている。同線は昭和39年5月に桜木町〜磯子間が、続いて昭和46年3月に磯子…

赤い交流電車

北海道の交流電化は函館本線小樽〜滝川間が昭和43年の開業で711系はその時に誕生した。その時点で九州では鹿児島本線門司港〜熊本間、日豊本線小倉〜幸崎間が電化開業区間で交直両用421系電車が投入されていた。当時この2タイプの電車の見方は、421系は3扉の…

宇部線

美祢線から宇部港に運用される石灰石列車が白眉の宇部線に小郡から乗る機会があった。旧形国電全盛の宇部線にあって何と乗車したのは交直流の421系で小郡発久留米行の快速電車だった。当時の時刻表から小郡と海を渡って南福岡・久留米・熊本を往復する長距離…

吾妻線

吾妻線は上越線渋川から大前に至る55.6kmの観光路線で、首都圏からの157系特急“白根”や165系急行“草津”などが運転されていた。ローカルは新前橋電車区「高シマ」の旧形国電70系と40系が頑張っていた。この日見た編成は70系は4連、40系は2連で運用されていた…