転轍器

古き良き時代の鉄道情景

蒸気機関車

南国情緒

錦江湾にたそがれが迫る頃、汽笛一声川内行が鹿児島を後にする。帰宅客を乗せたバスや自動車が遮断機の下りた踏切で待っている。忘れられない懐かしい鉄道情景が切りとられて感動する。 226レ 鹿児島 S44(1969)/4/2 西鹿児島から城山トンネルをぬけて来た列…

伊集院点描

C6037〔鹿〕の牽く川内発鹿児島行が伊集院を発車する。本屋寄りの鹿児島交通線ホームからは枕崎行の気動車が出て行ったところで駅長が見送っている。 223レ 伊集院 S44(1969)/4/2 早朝の伊集院は鹿児島方面への夜行列車と通勤通学列車、鹿児島交通線からの乗…

シラス台地を行く 日置郡松元町

列車番号6000番台を名乗る季節列車“桜島”はハドソンC60に牽かれて姿を現す。前日14輛で東京を出た列車は6輛の熊本落しで終着鹿児島へはオロ11が入った8輛編成であった。 6201レ“桜島” C6017〔熊〕が先頭に立っていた。熊本の2輛に定期運用はなく臨時列車のス…

C5530

吉松のC5552・57が終わった後、旭川のC5530・50が最後のC55となった。撮影時は2輛のC55とC5787で宗谷本線旭川~稚内間の長距離客車列車を牽いていた。DD51が就くこともあるなかC5530〔旭〕と会えたのは幸運であった。 シールドビーム予備灯、回転火の粉止め…

D6071 郡山時代

郡山から大分へ来たD6071は久大本線を走ることわずか1年足らずで直方へ転属した。小川さんの磐越東線での記録のおかげで郡山時代のD6071の容姿を知ることができた。 シールドビーム2灯装備の郡山機関区のD60にあって、D6071だけはひとつ目のようだ。 762レ …

D6052 郡山時代

郡山から直方へ来たD6052は煙突の形状が何とも異様な印象を抱いていた。北上線を走っていた横手機関区時代の写真を見ると、山高帽や釣鐘のような形状の郡山式集煙装置を被っていた。集煙装置を外した際、設置の時に切除された煙突がむき出しになったのではな…

D60直方の11輛 昭和44年

昭和44(1969)年3月時点で直方機関区には11輛のD60が配置され、同時期の大分での12輛とはまた違った個性を持ったD60が勢揃いしていた。小川さん撮影の写真から各号機の細部と個性を眺めてみた。 D6022 折尾~中間 S44(1969)/7/23 改造前:D5085[汽車] 改造:…

D60大分の12輛 昭和44年

昭和44(1969)年3月時点で大分運転所には12輛のD60が配置されていた。小川さん撮影の写真から各号機の細部と個性を眺めてみた。 D6021 日田 S44(1969)/4 改造前:D50226[川崎] 改造:浜松工場 S27(1952)/5/30 除煙板:小工式 前照灯:LP403 煙突:パイプ/縁取…

文通の写真から 汽車憧憬

D51499〔福〕+C1232〔舞〕 福知山 S45(1970)/8/20 撮影:MURAさん 所蔵:転轍手 後藤工場変形デフを持ったD51499はあまりにも有名でその存在は知っていた。C12を従えているので舞鶴線へ歩を進めるのであろうか。福知山は鉄道の要衝で、福知山機関区は山陰本…

D6069 大分時代

D6069は昭和39(1964)年9月出水から直方へ、翌40(1965)年9月直方から柳ヶ浦へ、42(1967)年9月大分へ移動している。大分から再び直方へ渡ったのは44(1969)年9月で、大分での稼働期間はわずか2年であった。 D6069は昭和30(1955)年9月、D5033(大正13(1924)年12月…

D6069 出水時代

平瀬さんのアルバムを拝見した際、上路式転車台に載ったD6069の写真に目を奪われた。大分か柳ヶ浦かと思いきや、転車台と周りの様子が違うことで一瞬たじろいだこの写真は熊本で撮影されたとのこと。出水機関区のD60は熊本まで運用されていたことを示す貴重…

立石峠

立石峠は宇佐から立石にかけて25‰の勾配が立ちはだかる日豊本線の難所のひとつであった。電化前は柳ヶ浦機関区のD60が前付けや後押しで補機を務めていた。西屋敷を出た長い編成の貨物列車は前補機D6066〔柳〕、本務機D50341〔柳〕の兄弟機が立石隧道めざして…

C12222

C12222〔熊〕の左サイドはコンプレッサーが無いのですっきりとしている。ランボード上の箱は潤滑油を供給する油ポンプの箱だろうか。下回りはちょこちょこと動く加減リンクが見える。「架線注意」標識の上は砲弾形ライトLP405が付いている。 立野 S47(1972)/…

行橋で会った9600

小倉工場から全検出場したばかりの時に遭遇した。黒光りするサイドビューに圧倒される。 19626〔行〕 行橋機関区 S45(1970)/8/3 末広がりのパイプ煙突はキュウロクには似合わない気がする。LP403形前照灯も大きいので重たく見える。艶々のボイラ周りはさまざ…

金田と伊田で会った9600

ランボード一直線の端正なプロポーションに見える49688〔直〕の左サイド。コンプレッサーとエアータンクはバランス良く並ぶ。モーションプレートからのラジアスロッドが忙しく動く光景が目に浮かぶ。 赤池~金田 S48(1973)/3/31 49688〔直〕のすっきりとした…

直方で会った9600

いかにも筑豊の機関車といったプロポーションのキュウロクと会う。継足しの長い化粧煙突、がっちりとしたボイラとはアンバランスに映る扁平なドーム、2段ランボード、キャブ裾の点検窓等は典型的な筑豊スタイルだ。 39638〔直〕 直方 S45(1970)/8/3 デフの有…

久大本線 玖珠川渓谷のD60と8620

きれいな日田杉に囲まれた深い谷を跨ぐ鉄橋を川原から見上げる。朝日を浴び轟音を響かせて行く列車は8620の牽く鳥栖発豊後森行629レで、渓谷に煙が棚引く。 久大本線天ヶ瀬~杉河内 第9玖珠川橋梁 S45(1970)/8/3 日田から豊後森にかけて玖珠川の渓谷沿いを走…

青梅鉄道公園

C515 形式C51 フロントデッキの曲線と直線的デフが合っていない。デフは蝶番の付いたドイツ風の大形で趣味誌でもよく見かけた形態だと思う。配置表は昭和20年では奈良、昭和34年では伊勢でナンバー5を見いだすことができた。 E102 形式E10 4110の後継機とな…

C57115の牽く急行“高千穂51号”

明けて昭和48年新春、C57115が牽いて下る“日南51号”の折返し上りは何なのか。この時は夏の時刻表しか手元になく、駅の時刻表をめくって予測したのか、はたまた運転所の人に聞いたのか定かではないが、大学ノートの撮影記録帳には、「12月29日、“日南51号”蒸…

C57115 急行牽引の予感

昭和47年も押し迫った年の瀬に、宗太郎峠をめざして夜行急行“みやざき”に乗車すべく大分駅へ向かう。地下道からホームに駆け上がったちょうどその時、留置車輛の向こう側で蒸気機関車牽引の列車が出て行った。照明塔に照らされた白煙と鈍く光る12系客車を目…

69665 貫禄十分の印象変化

平瀬清隆さんが撮ったキュウロクの写真を拝見、ナンバーを見るまではとても「69665」とは思えなかった。私が知っている69665とは全く別機のように見えたからだ。煙でかすむ構内の雰囲気も思わず「ここは宮地機関区?」と見紛うくらい昭和30年代の基地風景は…

久大本線 筑紫平野を行くD60と8620

久大本線の久留米側は広大な筑紫平野の東側を通る。東へ向かう線路は北に筑紫山地、南に耳納山地の山なみを望みながら、南久留米ー御井ー善導寺ー筑後草野ー田主丸ー筑後吉井ー筑後千足ー筑後大石と平坦線で進む。 御井を出てラストスパートにかかるD6060〔…

D6060 訂正

「D6026とD6060」の記事を令和4(2022)年12月18日に掲載した。D6060について記述が一部おかしい箇所があるとの指摘を読者からいただいた。D6060は昭和45年1月31日に廃車されたものの、その後出てきた写真の撮影日付が8月であったので『D6060の廃車日付は帳簿…

回転火の粉止め 藁屋根の時代

この写真は昭和35年頃の久大本線天神山駅の様子で、父親が遺したネガから見つけたものである。汽車の写真を撮る趣味は無く、汽車に乗って出かける際のスナップと思われる。私の昭和30年代の移動といえば、徒歩とボンネットバスとD60が牽く汽車が全てであった…

D6021のこと

D6021〔大〕が上り列車を牽いて力強く日田を後にする。貨物側線は木材積載のトラが見える。 久大本線日田 S44(1969)/4/1 由布院発日田彦山線経由博多行急行“ひこさん”の先頭車はキハ55だろうか?フロントガラスから天ヶ瀬駅の情景が捉えられていた。待ってい…

D6026とD6060

蒸気機関車D60は幼い頃から傍らを走っていた私のお気に入りの機関車で、僅かではあるが大分と直方で彼らの写真を残せたのは幸運であった。最近になって、郡山・直方・大分に在籍したD60の写真を見る機会に恵まれて、その容姿と形態を観察していたらD6026とD6…

美祢線の白列車

美祢線の強烈な印象を受けたホキ4700群の白列車。遠目で見るとまるで冷蔵車のような真っ白い貨物列車であった。緑萌える景色をバックに黒いD51とワフ21000、白いホキ4700のコントラストがとてもすばらしかった。 列車は小野田港発重安行。厚狭川に沿ってゆっ…

美祢線 厚狭川に沿って

厚狭行普通列車が発車した後、美祢行返空の白いセキ編成がゆっくりと始動する。美祢線は石灰石の列車本数が多く、この当時すでに小さな駅も道路の横断歩道橋のような跨線橋が設けられていた。道床は石灰石列車の往来の激しさで“白い道”と化していた。 宇部発…

美祢線 カラーフィルムの記憶

昭和47年の夏休み、夜行列車に2泊して日豊本線・筑豊本線・美祢線をはや足で駆け巡った。借り物のカメラ2台にモノクロとカラーフィルムを装填して格好は良かったが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」で慣れないことをしたおかげて出来上がった写真は皆中途半…

D6058 磐越東線時代

D6058〔郡〕の磐越東線時代の情景を小川秀三さんにお願いした。大分で相まみえた姿とは全く別機の様相で驚きであった。D50を9600やC58の輸送改善を目的に丙線用に軸重軽減の改造を施されたD60は、根室本線・横黒線・磐越東線・紀勢本線・山陰本線・山口線・…