転轍器

古き良き時代の鉄道情景

蒸気機関車

C12222

C12222〔熊〕の左サイドはコンプレッサーが無いのですっきりとしている。ランボード上の箱は潤滑油を供給する油ポンプの箱だろうか。下回りはちょこちょこと動く加減リンクが見える。「架線注意」標識の上は砲弾形ライトLP405が付いている。 立野 S47(1972)/…

行橋で会った9600

小倉工場から全検出場したばかりの時に遭遇した。黒光りするサイドビューに圧倒される。 19626〔行〕 行橋機関区 S45(1970)/8/3 末広がりのパイプ煙突はキュウロクには似合わない気がする。LP403形前照灯も大きいので重たく見える。艶々のボイラ周りはさまざ…

金田と伊田で会った9600

ランボード一直線の端正なプロポーションに見える49688〔直〕の左サイド。コンプレッサーとエアータンクはバランス良く並ぶ。モーションプレートからのラジアスロッドが忙しく動く光景が目に浮かぶ。 赤池~金田 S48(1973)/3/31 49688〔直〕のすっきりとした…

直方で会った9600

いかにも筑豊の機関車といったプロポーションのキュウロクと会う。継足しの長い化粧煙突、がっちりとしたボイラとはアンバランスに映る扁平なドーム、2段ランボード、キャブ裾の点検窓等は典型的な筑豊スタイルだ。 39638〔直〕 直方 S45(1970)/8/3 デフの有…

久大本線 玖珠川渓谷のD60と8620

きれいな日田杉に囲まれた深い谷を跨ぐ鉄橋を川原から見上げる。朝日を浴び轟音を響かせて行く列車は8620の牽く鳥栖発豊後森行629レで、渓谷に煙が棚引く。 久大本線天ヶ瀬~杉河内 第9玖珠川橋梁 S45(1970)/8/3 日田から豊後森にかけて玖珠川の渓谷沿いを走…

青梅鉄道公園

C515 形式C51 フロントデッキの曲線と直線的デフが合っていない。デフは蝶番の付いたドイツ風の大形で趣味誌でもよく見かけた形態だと思う。配置表は昭和20年では奈良、昭和34年では伊勢でナンバー5を見いだすことができた。 E102 形式E10 4110の後継機とな…

C57115の牽く急行“高千穂51号”

明けて昭和48年新春、C57115が牽いて下る“日南51号”の折返し上りは何なのか。この時は夏の時刻表しか手元になく、駅の時刻表をめくって予測したのか、はたまた運転所の人に聞いたのか定かではないが、大学ノートの撮影記録帳には、「12月29日、“日南51号”蒸…

C57115 急行牽引の予感

昭和47年も押し迫った年の瀬に、宗太郎峠をめざして夜行急行“みやざき”に乗車すべく大分駅へ向かう。地下道からホームに駆け上がったちょうどその時、留置車輛の向こう側で蒸気機関車牽引の列車が出て行った。照明塔に照らされた白煙と鈍く光る12系客車を目…

69665 貫禄十分の印象変化

平瀬清隆さんが撮ったキュウロクの写真を拝見、ナンバーを見るまではとても「69665」とは思えなかった。私が知っている69665とは全く別機のように見えたからだ。煙でかすむ構内の雰囲気も思わず「ここは宮地機関区?」と見紛うくらい昭和30年代の基地風景は…

久大本線 筑紫平野を行くD60と8620

久大本線の久留米側は広大な筑紫平野の東側を通る。東へ向かう線路は北に筑紫山地、南に耳納山地の山なみを望みながら、南久留米ー御井ー善導寺ー筑後草野ー田主丸ー筑後吉井ー筑後千足ー筑後大石と平坦線で進む。 御井を出てラストスパートにかかるD6060〔…

D6060 訂正

「D6026とD6060」の記事を令和4(2022)年12月18日に掲載した。D6060について記述が一部おかしい箇所があるとの指摘を読者からいただいた。D6060は昭和45年1月31日に廃車されたものの、その後出てきた写真の撮影日付が8月であったので『D6060の廃車日付は帳簿…

回転火の粉止め 藁屋根の時代

この写真は昭和35年頃の久大本線天神山駅の様子で、父親が遺したネガから見つけたものである。汽車の写真を撮る趣味は無く、汽車に乗って出かける際のスナップと思われる。私の昭和30年代の移動といえば、徒歩とボンネットバスとD60が牽く汽車が全てであった…

D6021のこと

D6021〔大〕が上り列車を牽いて力強く日田を後にする。貨物側線は木材積載のトラが見える。 久大本線日田 S44(1969)/4/1 由布院発日田彦山線経由博多行急行“ひこさん”の先頭車はキハ55だろうか?フロントガラスから天ヶ瀬駅の情景が捉えられていた。待ってい…

D6026とD6060

蒸気機関車D60は幼い頃から傍らを走っていた私のお気に入りの機関車で、僅かではあるが大分と直方で彼らの写真を残せたのは幸運であった。最近になって、郡山・直方・大分に在籍したD60の写真を見る機会に恵まれて、その容姿と形態を観察していたらD6026とD6…

美祢線の白列車

美祢線の強烈な印象を受けたホキ4700群の白列車。遠目で見るとまるで冷蔵車のような真っ白い貨物列車であった。緑萌える景色をバックに黒いD51とワフ21000、白いホキ4700のコントラストがとてもすばらしかった。 列車は小野田港発重安行。厚狭川に沿ってゆっ…

美祢線 厚狭川に沿って

厚狭行普通列車が発車した後、美祢行返空の白いセキ編成がゆっくりと始動する。美祢線は石灰石の列車本数が多く、この当時すでに小さな駅も道路の横断歩道橋のような跨線橋が設けられていた。道床は石灰石列車の往来の激しさで“白い道”と化していた。 宇部発…

美祢線 カラーフィルムの記憶

昭和47年の夏休み、夜行列車に2泊して日豊本線・筑豊本線・美祢線をはや足で駆け巡った。借り物のカメラ2台にモノクロとカラーフィルムを装填して格好は良かったが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」で慣れないことをしたおかげて出来上がった写真は皆中途半…

D6058 磐越東線時代

D6058〔郡〕の磐越東線時代の情景を小川秀三さんにお願いした。大分で相まみえた姿とは全く別機の様相で驚きであった。D50を9600やC58の輸送改善を目的に丙線用に軸重軽減の改造を施されたD60は、根室本線・横黒線・磐越東線・紀勢本線・山陰本線・山口線・…

D6058 シールドビーム2灯

私の中学生時代、汽車の写真を撮りに行った時、郡山から来たD6058は当たり前のように前照灯2灯の姿で大分構内を闊歩していた。その装備が普通であると思っていた矢先の昭和45年正月に会った時は大形前照灯に交換されて大きな驚きを覚える。久大本線のD60を記…

豊の国号 フィナーレ

全日程を終了し別府で乗客を降ろした“豊の国号”C581が12系客車5連を牽いて大分へ戻って来た。大分構内が塞がっているのか、下り場内信号機手前で足止めされている。最徐行から停車したので、まるで回りの見学者や撮影者のためのサービスかと勘違いしそう。踏…

豊の国号 復路

第2大野川橋梁を渡る。鉄橋が俯瞰できる台地は大勢の撮影者で埋まっていた。“豊の国号”復路は三重町12:37発、菅尾12:46:30通過、犬飼13:01:30発、竹中13:10:30、中判田13:19、滝尾13:29:30、下郡(信)13:34:30通過、大分13:39:30着のダイヤであった。 9705レ …

豊の国号 往路

豊肥・日豊本線が並走するここは、かつてC58・D51・8620・9600が来るのを待った思い出の地。汽笛数声、華やかなC581“豊の国号”が駆け抜ける。機関士は線路端の小さな見学者に手を振ってこたえる。 9704レ 豊肥本線下郡(信)~大分 S56(1981)/12/10 かわいいこ…

豊の国号 昭和56年12月6日

出区準備完了。きょうの仕業は12系5連を従えて別府へ回送、別府から三重町を往復し、12系は別府に残してC581は単機で帰区する。 大分運転所 S56(1981)/12/6 客車留置線の12系を迎えにいざ行かん! 12系のテールマークも機関車と同じデザイン。 4番ホームへ据…

豊の国号 C581

日豊本線大分開業70周年と大分県観光キャンペーンの一環で梅小路からC581を呼び寄せて蒸機列車が運転された。運転区間は日豊本線別府~豊肥本線三重町間で大分・犬飼が停車駅となった。昭和56年12月1日から4日まで訓練運転、6日から11日までの6日間、1日1往…

SLやまぐち号 C581

二度目の“SLやまぐち号”は緑ナンバーのC581であった。黄色地に青いナベツルのヘッドマークは黒い車体によく映える。復路の準備は12系を牽き出してホームに据えるところ。後方の山腹に見える神社看板や駅ホームの日本五大稲荷の行灯は厳かな風情を漂わせてい…

SLやまぐち号 C571

思わぬところにアクセントがある「おいでませ山口へ」の独特な山口弁の語りが耳に残っている。山口線蒸機復活運転は梅小路蒸気機関車館のC571が走ることを知り4年ぶりに山口線を訪れた。集煙装置を装備し、赤色の形式入大形プレートを付けたC571は思った以上…

C5557

日豊本線で運よくC55と会う。C5557とは昭和45年夏に若松機関区庫内で、昭和46年夏筑豊本線で会ってこの時が3度目であった。筑豊の時は気づかなかったが煙突と給水温め器に装飾が施されている。逆に筑豊で見た時は付いていたリンゲルマン濃度計は外されて煙突…

南延岡機関区D51形式配置状況の変遷

九州東側、日豊本線にD51が入って来たのは西側に遅れること12年後であった。昭和23年6月、九州管内各基地の運用合理化で捻出された6輛が日豊本線用に振り向けられ、大分に6、南延岡に4輛が配備され、ここに日豊本線ミカド機の歴史が始まった。南延岡機関区の…

D51 九州初上陸の3輛

昭和11年から20年にかけて1115輛もの多きが製造されたD51は、1~85、91~100までの95輛は“なめくじ”と呼ばれた半流線形で登場している。昭和11年に落成した最初の23輛の内の3輛ー8・9・10ーは海を渡って九州に初上陸した、その後の展開に先鞭をつける、記念…

D51と出会った日々 日豊本線のD51/昭和44年~49年

汽車の写真を撮り始めた昭和44年は、日豊本線はC57とD51が、豊肥本線はC58と9600が、久大本線はD60と8620が本線上を闊歩していた。この年に初めて見るDE10と出会って以来、動力近代化の波はあっという間に押し寄せ、昭和46年にD60が、47年にC57・C58・9600…