転轍器

古き良き時代の鉄道情景

蒸気機関車

美祢線の白列車

美祢線の強烈な印象を受けたホキ4700群の白列車。遠目で見るとまるで冷蔵車のような真っ白い貨物列車であった。緑萌える景色をバックに黒いD51とワフ21000、白いホキ4700のコントラストがとてもすばらしかった。 列車は小野田港発重安行。厚狭川に沿ってゆっ…

美祢線 厚狭川に沿って

厚狭行普通列車が発車した後、美祢行返空の白いセキ編成がゆっくりと始動する。美祢線は石灰石の列車本数が多く、この当時すでに小さな駅も道路の横断歩道橋のような跨線橋が設けられていた。道床は石灰石列車の往来の激しさで“白い道”と化していた。 宇部発…

美祢線 カラーフィルムの記憶

昭和47年の夏休み、夜行列車に2泊して日豊本線・筑豊本線・美祢線をはや足で駆け巡った。借り物のカメラ2台にモノクロとカラーフィルムを装填して格好は良かったが、「二兎を追う者は一兎をも得ず」で慣れないことをしたおかげて出来上がった写真は皆中途半…

D6058 磐越東線時代

D6058〔郡〕の磐越東線時代の情景を小川秀三さんにお願いした。大分で相まみえた姿とは全く別機の様相で驚きであった。D50を9600やC58の輸送改善を目的に丙線用に軸重軽減の改造を施されたD60は、根室本線・横黒線・磐越東線・紀勢本線・山陰本線・山口線・…

D6058 シールドビーム2灯

私の中学生時代、汽車の写真を撮りに行った時、郡山から来たD6058は当たり前のように前照灯2灯の姿で大分構内を闊歩していた。その装備が普通であると思っていた矢先の昭和45年正月に会った時は大形前照灯に交換されて大きな驚きを覚える。久大本線のD60を記…

豊の国号 フィナーレ

全日程を終了し別府で乗客を降ろした“豊の国号”C581が12系客車5連を牽いて大分へ戻って来た。大分構内が塞がっているのか、下り場内信号機手前で足止めされている。最徐行から停車したので、まるで回りの見学者や撮影者のためのサービスかと勘違いしそう。踏…

豊の国号 復路

第2大野川橋梁を渡る。鉄橋が俯瞰できる台地は大勢の撮影者で埋まっていた。“豊の国号”復路は三重町12:37発、菅尾12:46:30通過、犬飼13:01:30発、竹中13:10:30、中判田13:19、滝尾13:29:30、下郡(信)13:34:30通過、大分13:39:30着のダイヤであった。 9705レ …

豊の国号 往路

豊肥・日豊本線が並走するここは、かつてC58・D51・8620・9600が来るのを待った思い出の地。汽笛数声、華やかなC581“豊の国号”が駆け抜ける。機関士は線路端の小さな見学者に手を振ってこたえる。 9704レ 豊肥本線下郡(信)~大分 S56(1981)/12/10 かわいいこ…

豊の国号 昭和56年12月6日

出区準備完了。きょうの仕業は12系5連を従えて別府へ回送、別府から三重町を往復し、12系は別府に残してC581は単機で帰区する。 大分運転所 S56(1981)/12/6 客車留置線の12系を迎えにいざ行かん! 12系のテールマークも機関車と同じデザイン。 4番ホームへ据…

豊の国号 C581

日豊本線大分開業70周年と大分県観光キャンペーンの一環で梅小路からC581を呼び寄せて蒸機列車が運転された。運転区間は日豊本線別府~豊肥本線三重町間で大分・犬飼が停車駅となった。昭和56年12月1日から4日まで訓練運転、6日から11日までの6日間、1日1往…

SLやまぐち号 C581

二度目の“SLやまぐち号”は緑ナンバーのC581であった。黄色地に青いナベツルのヘッドマークは黒い車体によく映える。復路の準備は12系を牽き出してホームに据えるところ。後方の山腹に見える神社看板や駅ホームの日本五大稲荷の行灯は厳かな風情を漂わせてい…

SLやまぐち号 C571

思わぬところにアクセントがある「おいでませ山口へ」の独特な山口弁の語りが耳に残っている。山口線蒸機復活運転は梅小路蒸気機関車館のC571が走ることを知り4年ぶりに山口線を訪れた。集煙装置を装備し、赤色の形式入大形プレートを付けたC571は思った以上…

C5557

日豊本線で運よくC55と会う。C5557とは昭和45年夏に若松機関区庫内で、昭和46年夏筑豊本線で会ってこの時が3度目であった。筑豊の時は気づかなかったが煙突と給水温め器に装飾が施されている。逆に筑豊で見た時は付いていたリンゲルマン濃度計は外されて煙突…

南延岡機関区D51形式配置状況の変遷

九州東側、日豊本線にD51が入って来たのは西側に遅れること12年後であった。昭和23年6月、九州管内各基地の運用合理化で捻出された6輛が日豊本線用に振り向けられ、大分に6、南延岡に4輛が配備され、ここに日豊本線ミカド機の歴史が始まった。南延岡機関区の…

D51 九州初上陸の3輛

昭和11年から20年にかけて1115輛もの多きが製造されたD51は、1~85、91~100までの95輛は“なめくじ”と呼ばれた半流線形で登場している。昭和11年に落成した最初の23輛の内の3輛ー8・9・10ーは海を渡って九州に初上陸した、その後の展開に先鞭をつける、記念…

D51と出会った日々 日豊本線のD51/昭和44年~49年

汽車の写真を撮り始めた昭和44年は、日豊本線はC57とD51が、豊肥本線はC58と9600が、久大本線はD60と8620が本線上を闊歩していた。この年に初めて見るDE10と出会って以来、動力近代化の波はあっという間に押し寄せ、昭和46年にD60が、47年にC57・C58・9600…

D5146

扇形庫のピットで整備中の46号機。はみ出したナンバープレート横の取付け穴はタブレットキャッチャーの跡だろうか。そのままナンバープレートを動かせばぴったり収まるように見えるが。キャブ下の機械美に魅了される。 南延岡機関区 S47(1972)/12/29 右サイ…

D51714

D51714〔延〕を跨線橋から見る。キャブの前扉は解放して走っている。ランボードの白線は前寄りだけ残ってサイドは消えている。ドーム前方のボイラ歩み板に手摺が付けられているのが珍しい。 日豊本線大分~高城 S47(1972)/8/31 D51714を手持ちの配置表で探す…

D51176

昭和45年10月の鹿児島本線全線電化で熊本のD51が3輛南延岡へ移動している。D51176はその先陣をきって昭和45年10月に来て日豊本線の罐となった(222は昭和46年5月、482は昭和47年5月)。昭和32年、36年、41年の配置表を見るとこれら3輛は何れも熊本に記載されて…

南延岡のD51 異国からの使者6人

昭和47年10月は白新線と羽越本線の電化開業で日本海縦貫線全線の電化が完成した。奥羽本線無煙化も相まって秋田機関区と横手機関区のD51が、需給関係がひっ迫する南延岡機関区にやって来ることとなった。この年の12月、これら「異国からの使者」を大分運転所…

暁の宗太郎峠 571レ

まだ夜が明けやらぬうちに通り過ぎて行った551レの数十分後、2本めの571レを待つ。朝日が昇ってやや明るくはなったが線路は依然として山影の中、山裾を這う煙を追いかけながら国道脇の足場から俯瞰し、列車の動きと風で流される煙のタイミングを見定めながら…

暁の宗太郎峠 551レ

日豊本線の難所、宗太郎峠をめざしたのはすでに電化のポールが建ってしまった昭和47年の暮れであった。501レ急行“みやざき”を佐伯で下車。宗太郎峠をめざす下り一番列車列車はD51牽引の客車2輛とその後に貨車を従えた、その名も混1553レを名乗る混合列車で、…

南延岡のD51 前面3枚の架線注意標識を持つナンバー

昭和44年3月現在、南延岡機関区のD51は次の14輛(9・12・79・93・341・485・880・949・1032・1035・1036・1081・1141・1142)が配置されていた。これらのナンバーは私が初めて接した南延岡のD51で、昭和45年に始まる他区からのメンバーチェンジ以前の、いわ…

D51567

D51567〔延〕の特ちょうは何といってもひと回り大きめのナンバープレートであろう。プレートに合せて数字書体も大きく見える。数字配置はDと51の間に間隔があるが、形式51と機番567の間には無いのがおもしろい。見慣れたナンバープレートはDと51、51と機番〇…

門鉄デフのD51

D51949〔延〕 大分運転所 S45(1970)/5 南延岡機関区唯一の門鉄デフ装備機D51949〔延〕を捉えていた。前機のテンダで顔が一部隠れているのが残念、ネガを見るとフィルム最終コマで前機D511142〔延〕と各1枚ずつしか撮っていなかった。給炭線にそれぞれ下り向…

津久見行593レを牽くD5112

593レ仕業の機関車はD5112〔延〕。出区前の打合せを行っている。 大分運転所 S46(1971)/8 誘導掛の案内でD5112〔延〕出区。複雑な大分構内を縦断して593レの先頭へ。機関車基地の先端からは「明日は今日にまさるよう」の安全標語が見える。 大分運転所 S46(1…

D511081

汽車の写真撮り始めの頃は、豊肥本線や久大本線では見ることのない日豊本線のコンテナ編成が憧れの的であった。黒一色の貨物列車の中でライトグリーンのコンテナを積んだコキはとても斬新に映った。コキ車4輛で迫力はないが、それでも本線の貫禄を感じたひと…

D511142

セイタカアワダチ草の生い茂る大分電車区北側の本線をD511142〔延〕の牽く下り貨物列車が通り過ぎる。日豊本線の貨物列車は深夜帯に多く設定されているが正午前後はこの下り593レの後すぐさま上り1578レがやって来る。 日豊本線大分~高城 S44(1969)/8/12 南…

ウインドウズXPのエクセル画面 車輛の動き

ウインドウズ95やウインドウズ98が登場して、それまでワープロで作成していた文書や表計算は画期的な変革を遂げるようになった。趣味のアルバムのテキストはワープロが常であったが、パーソナルコンピューターに置き換わったのはウインドウズ95、98、2000、M…

大嶺支線のD518

日本最大のカルスト台地といわれる秋吉台へ行く道中で、C58の牽く貨車1輛客車1輛の混合列車を目撃し、強烈な印象が残っていた。それは昭和41年頃の私はまだ小学生の時であった。当時の感覚は客車列車は少なくとも4輛はつないでいたし、ましてや客車と貨車を…