転轍器

古き良き時代の鉄道情景

D6069 大分時代

 D6069は昭和39(1964)年9月出水から直方へ、翌40(1965)年9月直方から柳ヶ浦へ、42(1967)年9月大分へ移動している。大分から再び直方へ渡ったのは44(1969)年9月で、大分での稼働期間はわずか2年であった。

 D6069は昭和30(1955)年9月、D5033(大正13(1924)年12月川崎製)から長野工場で改造されて誕生している。キャブの銘板にその事が全て標記されている。C53の流れを汲むと云われるキャブの大形1枚窓と各所のリベットに威厳と風格を感じる。

 大分発豊後森行640レが野矢でひと息ついている。1輛めは狭窓が並ぶスハフ32が連結されている。本屋寄り下りホームは駅員の姿が見える。下りの急行が通過するのを待っているようだ。 久大本線野矢 S44(1969)/7

 D6069となったD5033の登場時は形式9900でナンバーは9932であった。昭和3(1928)年に形式D50と改番されている。D5033のキャブ窓は試作から量産に移行した頃の製造で2枚窓で登場、後年になってひとつにまとめられて写真のような形態になったらしい。ナンバーによって窓サイズは異なるとのこと。 久大本線由布院 S44(1969)/7

 長野工場で改造されたD60で九州で稼働したナンバーは31・32・33・34・69・70の6輛であった。何れもデフとデフステイが特ちょうのある形で共通していた。煙突も少し長めのパイプ煙突であったが31と69だけは化粧煙突で違っていた。 筑後吉井 S44(1969)/3

 テンダは20立方米形で、後部の切り欠きが大胆に大きいのが特ちょうであった。20立方米形テンダは2通りあって、切り欠き部が大きいタイプと、切り欠き部が少ない12-17形スタイルがあるらしい。D6034・D6071は後者のようである。 筑後吉井 S44(1969)/3

 日田杉の美林を背景に上り勾配に挑むD6069〔大〕牽引の639レ大分行。このスジは昭和44(1969)年10月改正で気動車に置換えられてしまった。折しも新製キハ45系の投入は久大本線の客車列車を一気に減らしてしまった。 久大本線豊後中村~野矢 S44(1969)/8/2

 昭和44(1969)年10月改正は久大本線に新しく入ったキハ45・キハ53の影響で、大分運転所のD6069とD6071は直方へ転属することになった。豊後森機関区の給炭線に転向を済ませたD6069〔大〕が入っている。 豊後森機関区 S44(1969)/7

写真は全て:小川秀三さん