転轍器

古き良き時代の鉄道情景

金田と伊田で会った9600

 ランボード一直線の端正なプロポーションに見える49688〔直〕の左サイド。コンプレッサーとエアータンクはバランス良く並ぶ。モーションプレートからのラジアスロッドが忙しく動く光景が目に浮かぶ。 赤池~金田 S48(1973)/3/31

 49688〔直〕のすっきりとした右サイドを下から見上げる。デフが無いのでフロントデッキの様子が良くわかる。後部標識灯取付け位置の高さが左右で若干ちがう。空気溜から延びる空気管は両サイドで形状が異なるようだ。 金田 S48(1973)/3/31

 煙突は継足しが無く短いので、受ける印象は他の筑豊の機関車とは異なり独特な雰囲気が漂う。キャブは2枚窓で前扉が開いている。 29641〔直〕 金田 S48(1973)/3/31

 金田と外浜を往復するセメントクリンカ専用のホキ6800を牽く29641〔直〕の正位の出発と逆向きの到着を撮っていた。左サイドのパイピングは特に賑やかだ。テンダのプレートは形式入りゴシック書体で、字間が少し開いているように見える。 赤池~金田 S48(1973)/3/31

 同じくホキ6800返空編成を従えた39642〔直〕。テンダの昇降は梯子タイプとつかみ棒の手かけ足かけタイプがあるようだ。 中泉~赤池 S47(1972)/10/2 撮影:BBSさん 所蔵:転轍手

 門デフ装備のスマートな39682〔行〕がセキ6000+セラ+ホキ8000の重たい積車編成を牽く。 赤池~金田 S48(1973)/3/31

 79668〔行〕のリンゲルマン濃度計は斜めに取付けられているので右手で挨拶をしているように見えた。田川線で会った時も同様のポーズで微笑ましく映ったものだ。 伊田 S46(1971)/8/10

 田川線から日田彦山線へ歩を進める9600重連は、三井田川鉱2本煙突をバックにしばし停車する。ランボードの白線が眩しい門デフの19626〔行〕は1年前に全検出場している。 伊田 S46(1971)/8/10

 広大な伊田構内を19626〔行〕+39639〔行〕の重連が発車して行く。石炭全盛期の象徴である竪坑櫓が写っていた。 伊田 S46(1971)/8/10

 伊田線は石炭搬出のために敷設されたので炭積場へ多数の貨物線や専用線が引込まれていた。石炭発送量の多い駅は伊田を始めとして赤池炭坑(貨)、方城(貨)、中泉、糸田、金田、糒、大城第一(貨)、赤池と続いていた。石炭満載のセラ・セムは9600に牽かれて直方へ、また苅田港へと運ばれていったのであろう。