転轍器

古き良き時代の鉄道情景

78684


 78684〔大〕は前照灯を装備しない入換専用機。機関車の系譜図4(臼井茂信著/交友社/昭和53年11月刊)に昭和42年当時のこの機関車の写真が掲載されている。煙突は美しい化粧煙突の姿で、パイプ煙突に交換されたのはこの後と思われる。前照灯はこの時すでに標識灯に換えられていた。動力逆転機が装備されているのがわかる。 大分運転所 S45(1970)/9

 78684〔大〕が大分駅東部構内で貨車入換を行っている。手ぶれ気味のスナップから左サイドを観察すると、テンダは上縁一直線の450立方呎という古いタイプ、キャブ窓は大形で庇がアクセント、キャブ裾は深いRを描いてそのラインはテンダの下のラインと揃っている。ナンバープレートはフロントとキャブがゴシック書体、テンダはローマン書体の形式入が付いていた。  S45(1970)/9

 大分鉄道管理局管内の8620配置区と配置数を昭和8年から44年にかけてその変移を追ってみた。
昭和8年3月/大分22・柳ヶ浦1・南延岡10ー計33
昭和10年3月/豊後森11・大分21・柳ヶ浦1・南延岡10ー計43
昭和15年3月/豊後森18・大分10・南延岡9ー計37
●昭和22年3月/豊後森7・大分15・柳ヶ浦5・南延岡8ー計35
●昭和25年2月/豊後森15/大分3・柳ヶ浦3・南延岡2ー計23
昭和32年11月/豊後森14・大分4・柳ヶ浦1・南延岡3ー計22
昭和36年3月/豊後森8・大分5・柳ヶ浦1・南延岡3ー計17
●昭和44年3月/豊後森5・大分3・南延岡3ー計11
 78674は昭和8年以降14年まで南延岡に、15年以降32年まで豊後森、32年以降は大分でそのナンバーを見つけることができた。南延岡時代は日豊本線、細島線を、豊後森時代は久大本線を、大分時代は豊肥本線を走行したものと思われる。豊後森の増減はC58とD60の配置と転出で、南延岡の減少はC51の配置で、柳ヶ浦の減少は9600とD50の配置によるものである。給炭線で憩う78684は昭和45年9月の撮影で、DE10と並んでいる。遠い蒸機全盛期を振り返るとC51・C55・C57・C58や9600・D50・D51・D60達とこの給炭線で顔を会わせてきたことであろう。幾多の変遷を見届けてきた機関車78684は名残り惜しくも昭和47年3月に廃車となった。