転轍器

古き良き時代の鉄道情景

石原町

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 日田彦山線D51は石原町付近の住友・三菱セメント、香春の日本セメントから産出される石灰石・セメント輸送を担うため昭和36年10月に投入されている。昭和43年のデータで九州管内の貨物発着㌧数ベスト10は1)苅田港、2)石原町、3)黒崎、4)外浜、5)船尾、6)上戸畑、7)西八幡、8)東小倉、9)香春、10)戸畑とランクされ、門司機関区のD51は昭和48年末にDD51にバトンを渡すまで石灰石・セメント輸送に活躍した。この専用列車の編成美に魅かれて初めてこの地を訪れたのが46年8月、次いで48年3月、二度とも全くDD51には会わずじまいで、日田直通のC11旅客がディーゼル化された以外はまさにD51街道であった。
  D51244〔門〕がセキ6000で組まれた石灰石編成を牽いて石原町を出る。 1774レ 日田彦山線志井~石原町 S46(1971)/8/10

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 セキ6000が連なる迫力ある編成が規則正しいジョイント音を響かせて通過する。石灰で白くかすんだ車体は緑一面の景色とあいまって強いコントラストとなる。30トン積のセキ6000に石灰石は半分くらいしか積まれていないように見える。区間標記は「黒崎~石原町間専用」と読め、東小倉からスイッチバックして鹿児島本線を下るのであろう。

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  門司(操)発香春行783レは日本セメントのホキ7500を3輛従えている。日田彦山線の機関車の向きは石原町往復は下り逆行、上り正位、香春往復は香春に転車台があったので常に正位であった。 日田彦山線石原町~小森(信) S46(1971)/8/10

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 D51逆行の普通貨物列車は石原町から小森(信)で分岐する三菱セメント・住友セメントの専用線へ行くものと思われる。 263レ 日田彦山線石原町~小森(信) S46(1971)/8/10

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 セメント工場へ向かう長い編成はワムばかりで不思議に思っていたら、後部に住友セメントのタキ1900が付いていて納得した。

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 門デフD51375〔門〕が13輛のホキ3500を連ねてやって来た。積車なら約600トンというところ、空車返送なので自重15トンとして約200トン牽引となるのであろうか。昭和36年4月の配置表を見るとD51375は柳ヶ浦の配置で、日田彦山線D51投入の際に門司区へ転属したのかもしれない。 785レ 日田彦山線志井~石原町 S46(1971)/8/10

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 ゆっくりと流れるホキ3500を追いかける。車体上部に独特の会社ロゴと「日本セメント株式会社」のレタリングが施されている。真横から見るとホッパ車のような輪郭は感じないが、この角度からは漏斗状の傾斜がよくわかる。屋根上は6個の蓋が並んでいるように見える積込口があり、バランスを取るような歩み板が特ちょうであった。

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 形式入ナンバープレートが凛々しいD51134〔門〕が外浜行752レを牽いて石原町を出発する。新鋭のホキ8500とホキ6700、セキ6000の混結編成であった。後方築堤上に見える石原町下り場内信号機2基は、上り本線の外側に副本線がある建ち方のようだ。 日田彦山線志井~石原町 S46(1971)/8/10

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 石原町構内は本屋側に5本の留置線、島式ホームをはさむ上下本線3線の外側に2本の貨物線が敷かれた規模の大きな駅で、2基の照明塔がそれを物語っている。逆向きD51175〔門〕の牽く1773レが到着したところ。  日田彦山線石原町 S46(1971)/8/10