転轍器

古き良き時代の鉄道情景

宗谷本線


 本線の旅客列車がこのような旅客2輛、郵便・荷物合せて4輛編成というのに驚く。今改めて最果ての輸送状況を案じる。撮影時はそんな事を思う間もなく、ただ牽引機がC55ではなくてC57が来たということだけはファインダーで認識することができた。宗谷本線は旅客はC55・C57、貨物はD51(音威子府まで)・9600の活躍場であった(DD51はかなり進出していた)。交通公社の時刻表昭和49年8月号を開き、黄色く変色した336頁の宗谷本線を見る。優等列車を除く客車列車は旭川稚内間259.4㎞通しが1往復、旭川〜名寄間に1往復が設定されていた。牽引機が旭川機関区に残るC55だと幸運と言われていたように記憶している。写真はC5787〔旭〕牽引の旭川11:00発稚内19:02着321レで、狭窓の並ぶスハ32に目を奪われる。 宗谷本線塩狩〜蘭留 S49(1974)/9/15