転轍器

古き良き時代の鉄道情景

常紋越え

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 石北本線生田原~金華間15㎞は常紋信号場をサミットとした25‰の勾配が続く難所で常紋越えと呼ばれていた。本務機D51の貨物列車に9600が後押しで峠越えをしていたが、訪問時補機はDE10に置換えられていた。9600時代の補機は生田原留辺蘂間で運用され、それぞれの駅には転車台が設置されていた事を後年になって知る。

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 留辺蘂駅で列車に乗る際に地元のおじいさんから常紋信号場のトンネルは幽霊が出ると聞かされた。常紋トンネルの恐怖話はこの時が初めてなのか、趣味誌で読んで知っていたのか今となってはどちらが先だったのかわからなくなった。金華から歩いて山に入って行ったら構える間もなく上り貨物が接近して来た。 2594レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12

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 単灯式の信号機は金華の遠方信号機であろうか。 2594レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12

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 原生林の中上り勾配をゆっくりと進む。DE10が懸命に押している。 2594レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 補機のDE101706〔遠〕が山から駆け下りて来た。2594レの補機は留辺蘂から常紋(信)まで後押しし、常紋(信)で開放、単機で金華まで戻り次の1592レは生田原まで通す運用のようだ。 単5851レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 “大雪2号”は札幌発釧路行の気動車急行で、その走行距離は函館・石北・釧網本線を走破する543㎞と長大だ。距離の内訳は札幌~旭川136.8㎞、旭川~網走237.7㎞、網走~釧路169.1㎞で北海道の広さを痛感する。 キハ56201〔札サウ〕他 603D  石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 連続して上り貨物列車がやって来る。木材積載、タンク車、コンテナ車等の編成は先発列車と同様のようだ。 1592レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 ドラフト音高々に眼下に迫って来た機関車は北見機関区のD51346だ。

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 猛煙が山の斜面におそいかかる。 速度が遅いので連写を試みるもどれも煙で画面真っ暗。かろうじて後押しの罐はDE101706と読めた。 1592レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 2本の上り列車を撮って金華に戻る途中、背後からエンジン音が聞こえるので振り返るとDD5129〔旭〕の牽く下り貨物列車が迫って来た。 1597レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12

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 列車は最後部にDE10の補機が付き転がるように下って行った。 1597レ 石北本線常紋(信)~金華 S49(1974)/9/12 

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 駅に着くと先ほどの列車が止まっていた。貨車が9輛残り、前方の編成が見えなくなっているのはどのような状況だったのか記憶に残っていないが、入換中と理解するしかないであろう。 石北本線金華 S49(1974)/9/12 

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 この日は遠軽機関区の2輛のDE10と会った。最初のDE101706はこの年の夏に落成したばかりの新車、次のDE104は昭和41年製、寒冷地形の試作車であった。 石北本線金華 S49(1974)/9/12

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 金華の側線に9600とC58の廃車体が留置されていた。 79667〔北〕 石北本線金華 S49(1974)/9/12

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 金華で見た時代の重みを感じる給水タンク。「17t」の標記は何ともノスタルジックな雰囲気が漂う。