転轍器

古き良き時代の鉄道情景

C58最後の日 昭和47年5月31日

 昭和47年春、新製DE10落成の都合で豊肥本線日豊本線と大分入換の無煙化は2段階に分けて行われた。昭和47年3月15日改正は新幹線岡山開業の日、その前日が豊肥本線大分~豊後竹田間旅客列車牽引C58の最後の日であった。DE10が出揃って迎えた6月1日は日豊本線大分~佐伯間旅客列車、豊肥本線大分~豊後竹田間貨物列車、大分~下郡(信)間の回送列車の無煙化が達成された重要な記憶の日であった。

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 昭和47年5月31日は大分運転所C58の最後の日であった。平日のこの日は学校を終えるやいなや下郡信号場に向かい、C58最後の回送列車を撮影。すぐさまその足で日豊本線沿いに出てカメラを構える。胸躍らせて待つこと数十分、やって来たのはなんC58115〔大〕、C57でなかったのは痛恨の極みであった。3月の豊肥本線旅客最終を牽いたのもC58115〔大〕、日豊本線旅客最終も同機であったのは何かの縁であろうか。 1526レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/5/31

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 C58115〔大〕は佐伯からの6輌を牽き軽快なドラフト音で眼前を駆けて行く。この日を境に大分運転所のC58と8620は志布志古江管理所へ行く仲間を除いて火を落とすことになる。大分運転所配置の蒸気機関車はC57115〔大〕唯1輌となり、日豊本線を走る蒸気機関車は貨物列車を牽くD51だけとなってしまう。

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 西日を浴びてC58115〔大〕はラストコースを力走する。長年当り前のように見慣れた景色がきょうで終わりとはとても考えられなくて感慨にふける。久大・豊肥・日豊の各本線をくまなく走ったオールマイティC58はきょうが最後の日。ありがとうそしてさようならC58115〔大〕。 1526レ 日豊本線大分~高城 S47(1972)/5/31

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 同じ日、大分~下郡(信)間の留置客車回送列車も蒸機牽引の最終日であった。C58112〔大〕は汽笛高らかに下郡信号場を発車、通いなれた道をいつものようにゆっくりと出て行った。大分川の向う岸にテールランプが見えなくなるまで夕日といっしょに見送ったのを憶えている。 C58112〔大〕 豊肥本線大分~下郡(信) S47(1972)/5/31

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 C58112〔大〕は8輌の客車を従えて大分川橋梁をゆっくりと渡る。この1時間後、手前の日豊本線仕業のC58115〔大〕が鉄橋を渡り終着駅に着いた時大分運転所C58の活躍に終止符が打たれる。 S47(1972)/5/31