転轍器

古き良き時代の鉄道情景

9600の旅客列車

 昭和43年秋頃、中学校の部活を終えて帰る頃は辺りは暗闇に包まれていた。上り列車はちょうどその頃にやって来て、機関車のナンバーは「59670」や「79602」等「C」や「D」の付かない数字だけが並んだプレートを不思議に思っていた。汽車の雑誌を読むようになって機関車の形式はわかるようになっていた翌年、ある日を境にいつもの列車の牽引機はC58になってしまった。後でわかったその日は昭和44年10月1日ダイヤ改正の日で、熊本機関区の9600の運用変更が行われたからであった。

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 熊本機関区の9600は大分往復の貨物仕業の間合いに豊後竹田駐泊1仕業をこなしていたが、昭和44年10月改正から豊後竹田駐泊を幸崎小運転に変更されている。豊後竹田駐泊はC58の受持ちとなり、ある日を境に9600が来なくなったのはこのことであった。

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 5桁数字の不思議な機関車はその後見かけることもなくなり、鉄道知識黎明期の事はすっかり忘れてしまっていた。後年この薄暮の光景を現像して9600が牽く客車列車を捉えていたことに気づく。豊肥本線は熊本口では9600旅客が後年まで残っていたが、大分口の9600牽引旅客は貴重な記録といえる。線路沿いに建つ「はえたたき」が良き時代の5桁数字の機関車とマッチする。 748レ 豊肥本線滝尾~下郡(信) S44(1969)/9

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 9600の牽く旅客列車は幸いにも上りと下り各1コマずつネガに刻まれていた。朝の下りの撮影チャンスは早起きが必須で唯一のコマは手ぶれ、不鮮明な結果で終わる。かろうじて機関車は9600とわかり、6輌の客車を従えているのも確認できた。 721レ 豊肥本線滝尾~下郡(信) S44(1969)/9

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   時刻表昭和44(1969)年5月号(日本交通公社)から作成

f:id:c57115:20200818202948j:plain  豊肥本線気動車化が早かったものの朝夕は2本の客車列車が健在であった。カメラを持つ以前よりこの列車を目にしてきて、客車は6輌でそれよりも長くも短かくもなく常に6輌編成であった。ところが平成17年7月に刊行された「九州鉄道の記憶Ⅳ 蒸気機関車の雄姿」(加地一雄編/西日本新聞社刊)は九州の懐かしい鉄道情景が数多く掲載され、豊肥本線9600牽引721レの写真に目を奪われ大きな衝撃を受けた。朝の滝尾発車の721レは7輌編成であったからである。

 

 

 

 

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 79602 721レ 滝尾 S41(1966)/4/3 撮影:加地一雄さん
 作者の加地一雄さんに写真提供をお願いし、快諾をいただいたのでWEBアルバム「転轍器」に掲載させていただいた。「九州鉄道の記憶Ⅳ蒸気機関車の雄姿」195ページの写真である。79602〔熊〕が豊後竹田発大分行721レを牽いている。まぎれもない7輌編成である。この時代は7輌で運用されていたのだろうか、それとも郵便荷物合造車2輌組込みで定員確保のため7輌にしたのか興味の湧くところである。私にとって貴重な瞬間の記録で珠玉の逸品である。