転轍器

古き良き時代の鉄道情景

小郡機関区

 小郡機関区は広大な構内に2基の転車台が並び一方は23線の巨大な扇形庫が、もう一方は放射状に広がる機留線を擁し、2棟の給炭塔がそびえる大規模な機関区であった。全盛期を過ぎた撮影時は僅かにD51・C58・C12と気動車が配置され、廃車されたC621が保管されていた。 
 写真:NOMUさん

 C12163〔郡〕 S45(1970)/10

 扇形庫の転車台は下路式で、シールドビーム2灯のC12は高崎第一機関区から転属してきたようだ。C12は伝統的に1輛が配置され、C12285の廃車によるものと思われる。後方扇形庫の番線標記は「23」が付いているのが見える。

 C58158〔郡〕 S45(1970)/3/30

 小郡の入換機関車は8620が務めていたようだが、各地からC58が集まって撮影時は入換専用として5輛のC58が配置されていた。C58158〔郡〕のランボード上は送水管を覆う長いカバーが付けられている。

 D51194〔郡〕 S45(1970)/3/30

 小郡機関区のD51は集煙装置無しで山口線には入らず、C58と共に宇部線・小野田線で使われていた模様。D51194〔郡〕はこの後、山口線管理所に転属した。

 D51720〔山〕 S46(1972)/1/17

 集煙装置装備のD51720〔山〕は山口線小郡発益田行客車列車を牽くため出区準備の最中のようだ。扇形庫の転車台は下路式に対してこちらの転車台は上路式でタイプは異なっていた。

 D51720は山口線DL化の後、長門機関区に転じ山陰本線で働くようになった。小郡機関区で記録された3年後に、私は安岡駅で遭遇していた。 山陰本線安岡 S49(1974)/5/2

 68697〔関〕 小郡客貨車区 S44(1969)頃 

 小郡客貨車区に下関の68697が来ている。トラ塗りテンダは数字の字間が間延びするナンバープレートが独特であった。山陽本線西端の柳井~下関間約149Kmの間は柳井・徳山・小郡・厚狭・下関に動力車基地と客貨車区、そして規模の大きな貨物駅が点在し、その入換や小運転で電化区間を蒸気機関車が行き来していたものと思われる。

 小郡客貨車区は本区は小郡、支区は厚狭に設けられ、それぞれ客車の配置があった。山口線は小郡~益田間に、美祢線は厚狭~長門市間と南大嶺~大嶺間に客車列車が運転されていた。

 C50132〔柳〕 S45(1970)/3/30

 柳井機関区の入換機C50が小郡の庫で煙を上げている。元来、中国支社管内はC50が多く配備され、広島・岩国・柳井・徳山の基地を渡り歩いていたようだ。撮影時は柳井機関区に5輛が健在で名だたる貨物駅の入換と小運転に頑張っていたものと思う。ランボード下エアータンクの位置にカバーが付いているのが柳井C50の特ちょうであった。

 C621〔郡〕  S46(1972)/1/17

 廃車になったC62 1号機は小郡機関区で大切に保管されていたようだ。通常は庫の中で眠っているが、この時は撮影会で青空の元に出されたのではないかと思われる。山陽本線電化後、柳井機関区に留まっていた最後のD52達は小郡に転属し、転車台の放射線に並べられた光景が趣味誌に載ったのを思い出す。山陽本線蒸機全盛期のC62とD52が集う思い出のひとコマになったに違いない。

 撮影時の中国支社管内は芸備線・福塩線(C58・8620)、岩徳線(D51)、可部線(C11)、宇部線・小野田線(D51・C58・C12)、山口線(D51)、美祢線(D51・C58)、山陰本線(D51)で、広島・柳井・徳山・芸備線(管)・小郡・下関(転)・長門・厚狭・宇部・小野田線(管)・山口線(管)の機関車が健在の良き時であった。