蒸機の時代、冷水峠へ向かうためこの駅に降り立ってから20年以上経過していた。夜明前の乗換えであったので構内の写真は撮っていない。転車台があるうちに再訪したいと思いつつ時は流れて平成の時代になっていた。
訪問時は昭和50年代末期頃の配線と大きな変化はないものの、本屋寄りの転車台へ続く引込線は無くなり、反対側の5・6番は草に埋もれて撤去されていたのかどうかわからない。
ホームは大きくカーブしているので第1・2ホームとも中継信号機が建っている。DD51の牽く50系4連が入って来た。
DD511031は到着するとすぐに客車から離れ機回し線に入る。
DD511031は熊本から鳥栖、直方を経て民営化時は門司機関区配置であった。
じわりと間隔を詰めて連結する。
機回し完了。上り列車に早変わり。
機回しの最中に次から次へと鹿児島本線の列車群が通過する。485系4+5の“みどり・かもめ”が高速で駆け抜ける。
「MIDORI EXPRESS」のロゴとヘッドサインを掲げ、3灯ライトで迫ってくるのは4+4+5の「みどり・ハウステンボス・かもめ」の長大編成であった。
上り本線(3番線)を行く811系の両サイドに2基の出発信号機が建っている。右が本線で「鹿本出」、「筑本出」の標記が、左が4番線対応で「鹿4出」、「筑4出」が掲げられている。筑豊本線上りは鹿児島本線側からも発出できる仕組みになっている。かつて鹿児島本線から筑豊本線へ向かう貨物列車は4番線に入り、鹿児島本線を横断していた。鳥栖寄りにも渡り線があるのでその逆も通行できることになる。鹿児島本線と筑豊本線とを接続する線路配線はとても効率よく設計されていた。鹿児島本線の線路容量を補うために筑豊本線を迂回する貨物列車があるやに聞いたことがある。 写真は全て:原田 H6(1994)/4/26