先月、筑豊本線での無情な露出不足の写真を載せた際、閲覧いただいている“東上線ブログ”さんから現像ソフトで暗いネガも明るくできる旨連絡をいただいた。ほんとうだろうかと半信半疑、試しにほぼ透明なネガを送ってみた。何と真っ暗な画像が浮き出ているのに感激、うれしくなってアルバム掲載と相なった次第。

キワ90は何で知っていたのだろうか、と今振り返ってみる。手持ちの趣味誌を撮影時までに掲載されていたものがあるか探してみたが全く無い。昭和47(1972)年の年明け早々、夜行で宮崎駅に降り立つ。夜が明けやらぬ真っ暗な機関区構内をうれしさ余ってシャッターを押し続ける。できあがったネガを見て愕然、ほぼほぼ透明なネガができ上がっていた。泣いて嘆いてあきらめて半世紀、“東上線ブログ”さんから思わぬプレゼントをいただく。これを契機に私の大量な露出不足ネガを現像ソフトで試してみたいと意気込んでいる。“東上線ブログ”さんへお礼申しあげます。
宮崎機関区のキワ90は妻線貨物輸送の試用として宮崎機関区にキワ90 1・2の2輛が配属された。昭和43(1968)年の配置表では2輛健在であったが昭和44(1969)年ではキワ901だけとなっていた。キワ902は事業用車キヤ901に改造されていた。機関区裏手で撮ったキワ901の塗分けは全く記憶がないが、上回りクリーム、下回り茶色であったことを現在のWEBで知る。
キワ901〔鹿ミサ〕 宮崎機関区 S47(1972)/1/5