転轍器

古き良き時代の鉄道情景

鉄道風景懐古 天ヶ瀬

 D6062〔大〕牽引の鳥栖発豊後森行が長角トンネルから顔を出し、第7玖珠川橋梁を渡った先に下り天ヶ瀬遠方信号機が建っている。豊後中川から天ヶ瀬にかけて上り勾配が続くので下り列車は力行する。 635レ

 天ヶ瀬で635レを待っていたのは由布院発門司港行“はんだ”2輛編成。直方発由布院行“日田”の折返しは“はんだ”と名を変えて来た道を戻る。 705D 久大本線豊後中川~天ヶ瀬 S44(1969)/4/10

 タブレットを駅長から受け取って天ヶ瀬発車。D6062〔大〕のキャブとテンダのリベットが夕日に照らされて浮き出ているように映る。

 じわりと動輪が動き出し迫力ある排気音は対岸の山へ響き渡る。右曲線で側線と合流し構内が収束すると25‰上り勾配となる。前方に温泉街の街並みが見える。 久大本線天ヶ瀬 S44(1969)/4/5

 由布院発日田彦山線経由博多行急行“ひこさん”の先頭車はキハ55だろうか?フロントガラスから天ヶ瀬駅の情景が捉えられていた。待っていた列車はD6021〔大〕率いる鳥栖発大分行639レで6輛の客車が連なっていた。きれいな弧を描くホームに多数の乗客の姿が見える。本屋へ続く横断通路の角に信号梃子扱い所が置かれ、上り出発信号機へ向かうワイヤが線路沿いに伝っているのがわかる。側線脇に建つ不釣り合いな橋脚は、温泉街の細道を避けて駅の上を大胆に跨ぐ国道バイパス工事が始まっていたこともこの写真からうかがえる。 久大本線天ヶ瀬 S44(1969)/4/1

 鳥栖発大分行639レは由布院発博多行1706D“ひこさん”の発車を待って始動する。パイプ煙突21号機のキャブから乗務員の凛々しい視線が熱く感じられる。

 天ヶ瀬出発信号機は進行現示。ブロアー音をかき消す汽笛吹鳴で巨体がミシミシと始動する。機関助士は21号機にカメラを構える撮影者と合せた視線を離さないで見送りに応える。上り勾配に備えた豪快なドラフト音を残して遠ざかる。 639レ  久大本線天ヶ瀬 S44(1969)/4/1

 冒頭縦構図の遠方信号機の写真は、私の記憶に刻まれている鉄道の原風景と感じている。駅でもない野の中にぽつんと建つその形は、駅にあるのとは腕木の形状、色も違った特別な存在であった。腕木が下がっているともうすぐ汽車が来る、という期待感が膨らむ。そんなあの頃の場面を捉えた記録に郷愁を覚える。

 写真:小川秀三さん