転轍器

古き良き時代の鉄道情景

大分交通耶馬渓線の車輛たち

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キハ101 やまばと
 昭和8年に登場した国鉄ガソリンカーキハ40000と同形で、耶馬渓鉄道の自社発注車。キハ101からキハ104までの4輛が存在する。キハ101が“やまばと”、キハ102が“かわせみ”、キハ103が“ひよどり”、キハ104が“せきれい”と愛称が付けられている。

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キハ102 かわせみ
 キハ102の車体側面の形式標記は「形式キハ100・自重18.1・換算積2.3空1.8」となっていた。手前に見えるのはキハ104で、標記は「キハ40000・自重6.50・積2.2空1.7」とあり、形式が国鉄式キハ40000のままになっていたのは何故だろうか。

 

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キハ103 ひよどり
 大分交通各線の気動車の愛称はその土地にちなんだ名前が付けられていて、耶馬渓線は“ひよどり”・“せきれい”・“かじか”など山国川沿いに走ることから、宇佐参宮線はお宮にちなんで“かみばと”・“みやばと”・“しらはと”など、国東線は海岸線を走ることから“しおかぜ”・“なぎさ”・“ちどり”など親しみやすい愛称であった。

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キハ104 せきれい
 4輛のキハ100形はキハ41000よりひと回り小さいキハ40000と同一で12m車。大形前照灯とシル・ヘッダーのリベットが重厚さを醸し出している。前面下回りのラッパ形のタイフォンとラジエター、排障器がよくわかる。手前のキハ102の検査標記は国鉄と同じ方式で、工場名は「中津車両区」と書かれている。

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キハ50 ちどり
 キハ50は、元北九州鉄道(博多~伊万里)のジハ50という独特の流線型。国鉄に買収されて幾多の変遷をくり返してキハ40331となる。昭和27年8月、払い下げを受けて大分交通国東線に入りキハ50“ちどり”と命名された。昭和41年3月、国東線が廃止されてから中津に移り耶馬渓線に活躍の場を求めた。
  キハ50ちどりの現役時代の姿は次の3冊に掲載された写真が感動的で良き時代のロマンを味わえる。  

  撮影年月 撮影場所 撮影者  掲載誌
(1) 昭和32年3月 杵築 湯口徹  南の空、小さな列車(レイル№26私鉄紀行) 
(2) 昭和39年1月 杵築 高井薫平 古典ロコ・軽便・田舎電車…(鉄道ファン264) 
(3) 昭和41年3月 杵築祇園 奈良崎博保 鉄道廃線跡を歩くⅥ

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キハ105 せせらぎ
 キハ105“せせらぎ”はキハ50と同じく元北九州鉄道のジハ61。キハ50が車体長15.6mに対しキハ105は17m車で側窓が2個分多かった。国有化後キハ40650形キハ40655となり、ガソリンエンジンを積んでキハ40341と改番、東唐津吉塚志布志都城と移動する。昭和27年8月、ディーゼルエンジンを積んで再びディーゼルカーとなって中津入りしている。レイルの買収私鉄探求シリーズ「北九州鉄道とその車輌」(谷口良忠著/レイル№5/昭和53年8月)の記事で大分交通キハ105のルーツを知り、壮大なロマンを感じる。

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キハ503 かみばと
 「レイル№9」(プレスアイゼンバーン/昭和53年9月刊)に大分交通宇佐参宮線を行くキハ503“かみばと”の写真が掲載されている。記事の「筑肥線覚え書き」(谷口良忠著)でこの車輛の前身を知る。元は北九州鉄道(筑肥線の前身)ジハ21で、鉄道省買収後キハ40650形となり、ガソリンカー改造の後昭和19年に廃車となる。昭和27年8月、エンジンを載せ替えてディーデルカーとして再起、キハ503“かみばと”を名乗り大分交通宇佐参宮線に入線した。昭和40年8月の宇佐参宮線の廃止に伴って中津へ移動、耶馬渓線で活躍することとなる。撮影時は廃車になっていたが、運転席窓のひさしと大形前照燈が現役時代のいかつい表情を保っていた。

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ホハフ32
 キハ501は“しらはと”の愛称名で大分交通宇佐参宮線、国東線で活躍した。「レイル№26私鉄紀行南の空、小さな列車」(湯口徹著/プレス・アイゼンバーン/平成1年刊)によると、「国東線のキハ30・20・501を客車化したのがホハフ30~32」と記載されている。キハ501は国東線廃止後中津に移動、エンジンを降ろして客車化されてホハフ32と改番された。台車が前後でちがうのがよくわかる。

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ホハフ502
 この車輛は番号ホハフ502、形式ホハフ30と標記されている。宇佐参宮線キハ502“みやばと”と国東線のキハ30は佐久鉄道から転じた同形車とのこと。キハ502“みやばと”は宇佐参宮線廃止の後中津に来てトレーラー化の際、同形のキハ30がホハフ30に改番されていたので同形式にしたのではないかと推測する。

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ハフ13
 ハフ13は片ボギーの独特な客車。もとは国東線の気動車キハ13でエンジンを降ろして客車ハ13となり、ハフ13として耶馬渓線に転出している。

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キハ603 かじか
 キハ600形は601と602が昭和31年製、603と604が昭和35年製で、横から見ると国鉄キハ10の雰囲気を漂わせている。キハ601“やまびこ”・キハ603“かじか”は初めから中津に、キハ602“しおかぜ”・キハ604“なぎさ”は国東線用として杵築に配備されていた。国東線廃止後中津に4輛が揃うこととなった。このキハ603とキハ604は、昭和50年10月耶馬渓線廃止後紀州鉄道に売却された。

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キハ601 やまびこ
 耶馬溪線は中津構内を出てすぐ神社のところで日豊本線と別れ、沖代平野を南東に進み古城の坂を登って八幡前に到着する。沿線で一番の商店街を抜け大貞の踏切を過ぎると田畑をぬけ、八面山のふもと、山国川の渓谷を進み景勝耶馬溪へとわけ入って行く。路線は中津─八幡前─大貞公園─上ノ原─諌山─真坂─野路─洞門─羅漢寺─冠石野─耶馬溪平田─津民─耶鉄柿坂─下郷─江渕─中魔─白地─宇曽─守実温泉で19駅36.1㎞の道程であった。

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D34
 ディーゼル機関車は4輛在籍していた。4輛とも昭和29年製らしいが、D31・32とD33・34ではずいぶん趣きが違い、前者は丸みをおびたDD11タイプ(汽車会社)、後者はやや近代的な感じの日立製であった。

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D33
 耶馬渓線廃止後D32とD33は幸運にも第二の職場へと旅立って行った。D33はすぐとなりの苅田港の日本セメント専用線で、D32は遠く北海道は宗谷本線永山の旭川通運で働くこととなった。 

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D31
 D31は庫の中に入れられ動いている気配はなかった。もともとの耶馬溪線用はD31とD32で、D33とD34は国東線廃止後に中津に来ている。宇佐参宮線のディーデル機関車はD21とD22の小ぶりなL形であった。

 大分交通中津車輛区 S47(1972)/1/6

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