転轍器

古き良き時代の鉄道情景

気動車

キユニ2610

再びキユニ26と遭遇する。今度はオレンジ色ではない、懐かしいクリームと朱色の気動車色であった。種車によって窓配置は異なるようで、乗務員扉横のカバーも2619には無い外観であった。編成位置もキハ40の次に組まれ同一列車と思われる。 キユニ2610〔分オイ…

キユニ2619

中間に組込まれたキユニ2619〔分オイ〕。キユニ26はキハ26からの改造車で前寄りが郵便室、後位が荷物室のようだ。撮影時、久大本線は大分運転所のキユニ26が、豊肥本線は熊本機関区のキハユニ26が郵便荷物輸送に活躍していた。 大分 S55(1980)/9/23 キユニ26…

火の山2号

豊肥本線の急行列車は昭和47年3月改正で、博多〜別府1(火の山1・4号)、三角〜別府・宮地2(火の山2・3号)、大分〜小倉〜博多〜別府1(ひまわり1・2号)、計4往復が設定されていた。エンジンを唸らせて登ってきたのは三角発別府行701D“火の山2号”で、三角…

キハ58JR九州色

クリームと朱色のキハ58はJR化以降多彩なカラーリングですっかりイメージが変わってしまった。国鉄時代から慣れ親しんできた急行“由布”と“火の山”はこの後、四国から来た185系特急気動車に置換えられてその名も久大本線は特急“ゆふ”、豊肥本線は特急“あそ”と…

キハユニ163

キハユニ16は電気式気動車キハ44100から昭和30年代初めに改造された形式である。正面2枚窓の湘南形がオリジナルであるが、大分運転所の163はさらに貫通形に改造された異色の存在である。昭和51年3月現在4両が在籍し、53年に全車廃車され形式消滅している。 …

能登路キハ58790

金沢駅で急行“能登路”のヘッドマークを撮っていた。駅構内がどうなっていたか思い出せないでいたところこちらのブログ→金沢駅0番線 - 線路端のブログⅡでその様子がわかってきた。ホームの番線表示は「0A」で本屋寄りの頭端式ホームで撮っていたことになる。…

能登路3号

金沢と珠洲・穴水・七尾を結ぶヘッドマーク付の急行“能登路”は季節列車も含めて10往復が運転されていた。大阪発着の“ゆのくに”併結列車もあって、能登半島は長大編成の気動車列車が行き交う観光路線ということを知る。 306D“能登路3号” 七尾線羽咋〜千路 S5…

吉四六-きっちょむ-

ジョイフルトレイン華やかりし頃、昭和の時代もあと少しという時、見たことのないキハ28を撮っていた。大分県の花と鳥である「豊後梅」と「めじろ」をデザインしたキハ28+キハ58はジョイフルトレイン“吉四六”として団体列車等に使われていた。その後塗色も…

キハ26408

大分駅の東西には市街地を縦断する踏切があって、東は貨車入換で、西は運転所に出入りする機関車や気動車・客車入換で、いずれも名だたる開かずの踏切であった。西側の大道踏切は気動車列車の転線で遮断機が降りていた。待っている時間に通過する列車をスナ…

開かずの踏切

14年後の大道踏切。相変わらずの開かずの踏切であった。変わったのは踏切が自動化されたこと。遮断機が降りる有人の踏切から、いわゆる第一種と呼ばれる自動遮断機の踏切になっていた。道を塞ぐ列車はグレードアップされた寝台特急“富士”で12号車が通るとこ…

快速祖母

豊肥本線乗入れ、別府発豊後竹田行快速“祖母”が軽快なエンジン音で駆けて行った。最後尾はバス窓スタイルがうれしい熊本機関区のキハ559で、前後の55系と中間2輛の58系と車体幅の違いがよくわかる。キロ28のグリーン帯も確認できる。当時、カラーフィルムは…

キハ1067

ネガスキャンした画像データを何気に見ていたら、同じ車輛を時期を隔てて撮っていたことに気づく。昭和47年に南延岡で撮った写りの悪いキハ10は、4年後に日田で撮ったキハ10と同一ナンバーであった。 日ノ影線のキハ1067は南延岡機関区の扇形庫に収まってい…

由布4号

日没前、夕日で赤く染まる別府湾の岬をキハ58系6輛編成が回り込む。カーブを曲がる際に発する独特な車輪のきしむ音が手前の崖に反射する。列車は別府発博多行急行604D“由布4号”。停車駅は別府ー大分ー湯平ー由布院ー豊後中村ー豊後森ー天ヶ瀬ー日田ー筑後吉…

第6玖珠川橋梁

第6玖珠川橋梁は天ヶ瀬を出て2つめのトンネルの出口、国道210号線をアンダークロスした所に架かっている。2706D博多行“ひこさん”3輛編成が下り勾配を軽やかに進む。久大本線の急行列車は、博多〜別府“ゆふ”、長崎〜別府“西九州”、江津〜天ヶ瀬“あきよし”、…

千歳線

千歳線は函館と札幌を結ぶ幹線の一翼を担い、山線と比べてより多くの優等列車が設定されていた。札幌〜苫小牧間のローカルは完全気動車化されていてこのような編成が走っていた。キハ21はキハ20の北海道版であるが、客車タイプで窓の小さいキハ22と比べると…

伊田発吉塚行

キハ17+キハ30+キハ30の吉塚行2232Dは伊田線を北上し直方でスイッチバック、筑豊本線を下り桂川から篠栗線に入る複雑なコースを走る。時刻は以下の通り。伊田13:20発ー直方13:45着13:55発ー飯塚14:19発ー桂川14:31発ー篠栗14:57発ー吉塚15:10着。 …

山口線

小郡発益田行キハ58+キハ47+キハ25の3輛編成が石州瓦の民家が点在する津和野盆地を行く。山口線は昭和48年まで蒸気機関車が走り、津和野に設けられた山口線管理所に集煙装置付のD51が配置されていた。D51の前は同じく集煙装置の付いたD60の走行線区で昭…

相模線

相模線は湘南海岸に面する東海道本線茅ヶ崎から相模川に沿うように北上し相模原台地の橋本で横浜線に接続する33.3kmの近郊路線である。東海道本線のホームから貨物線と側線を挟んで駅本屋側の相模線乗場を遠望する。朱色一色に塗られたキハ1024〔西ハチ〕が…

キハ1129

キハ11は10系気動車でキハ10とともにキハ17の片運転台車に対して両運転台車である。さらに便所無がキハ10、便所付がキハ11と形式が区分されている。南延岡機関区のキハ10からキハ11への形式変更は便所付車の関係ではなかろうか。かつてカツミのHOカタログ…

つわの2号

山口線の優等列車は陰陽連絡特急の“おき”3往復と小郡〜浜田・江津間急行“つわの”2往復が設定されていた。小郡発浜田行“つわの2号”は船平山まで上り勾配を喘ぎ、山口・島根県境1055mの白井トンネルを過ぎて盆地の津和野へと下りにかかる。 501D 山口線船平…

北斗1号

北海道は函館・札幌と旭川・釧路・網走を結ぶ気動車特急網が張り巡らされ、函館運転所と札幌運転区配備のキハ80系が大活躍していた。札幌発函館行“北斗1号”はキロとキシを含む7輛編成で、札幌発7:37ー苫小牧8:31ー登別8:59ー東室蘭9:16ー洞爺9:44ー長万…

小国杉

肥後小国行227D車内より小国杉の美林を望む 豊後森〜肥後小国間を1往復乗車してみた。宮原線とはこんな景色のすばらしい所を走っていたのかと改めて思い知らされた。なぜもっと早く撮りに来なかったのか不思議でならない。麻生釣の風景はほんとにここは九州…

キハ4520

近郊形気動車の新鋭45系は、キハ45は直方-7・大分-2、キハ23は直方-3、キハ53は大分-2・鹿児島-2と少数ながら九州管内にも割当てられていた。伊田構内は2本の島式ホームの間に3線の貨物線、巨大な石炭積込設備とヤードが広がっていて、その光景は石炭搬出全…

礼文

急行“礼文”は宗谷本線旭川〜稚内間259.4㎞を4時間半で結ぶ。荒涼たる原野で9600の貨物列車を待っている時に現れたわずか2輛の急行列車であった。旭川発稚内行311Dの行程は旭川6:25発ー和寒7:02ー名寄7:41ー音威子府8:32ー幌延9:46ー豊富10:02ー稚内10:54着…

廣平橋梁

国道387号線から道なき道を山中に分け入った高台からみごとな9連アーチの廣平橋梁を俯瞰できる魅惑の場所があった。涌蓋山が全貌を現し、遠く地熱発電所の蒸気があがっているのも見える。小国杉を背景に棚田とコンクリートアーチ橋のこの景色はまさに幻想の…

キハ20系

山陰本線九州乗入れ気動車 広アサの気動車は関門トンネルをくぐって九州まで進出していた。門司駅4番ホームから発車するのは山陰本線滝部15時43分発小倉行865Dで、厚狭機関区所属のキハ20219〔広アサ〕他のきれいなキハ20系編成であった。洗練されたDT22…

池北線

池北線は根室本線池田と石北本線北見を結ぶ140kmの長大線区で高島、勇足、本別、足寄、陸別、置戸、訓子府、上常呂が貨物扱いのある駅で木材集散地が点在していた。日に1往復の9600貨物を撮る為に池田から本別まで足を延ばしたが、よくこの撮影効率の悪い所…